2015年4月4日土曜日

○スパルタ婚活塾の書評、パートナー探しに悩める愛すべき中年妙齢拗れ独身男女の同類達への讃歌等。

大変に久しぶりのブログとなった。

Twitterでは「ヘッジファンド業界の動向を是非書いてください!」等と言った真面目なリクエストを頂いたりもしたが、週末にそのような仕事のような真面目な事を書く気力が残念ながら筆者のごときでは湧かなかった。そしてスパルタ婚活塾である。ヘッジファンド業界や金融市場の真面目な記事を期待されていたかたには申し訳ない。しかしこれが筆者である。仕方ない。

筆者の芸風も、相場芸人からただのおっさんになって来ている事を大いに感じるが、そんな事は置いておこう。今回は題名の通りで、「スパルタ婚活塾」の書評に絡めながら、パートナー探しに悩める愛すべき中年妙齢拗れ独身男女の同類達への、慈愛に満ちた讃歌を送りたい。

筆者の私生活の話題の中心は、いい中年になって結婚生活の悩みでもなければ、子育て奮闘記でもなく、いまだにパートナー探しであり、ぐるぐると山手線を回り続けるような日々を過ごしている。今や周囲は山手線をとうに降りて、「結婚生活駅」「子育て駅」と言った各自の目的地へと旅立った既婚・子供持ちばかりであり、フェイスブックには子育て奮闘記の話題で溢れている。親には最早孫の顔が見たいとも言われなくなり、筆者の親は姉の子供を見る事で孫の顔が見たい欲求については満足している(双方にとり平和な均衡に到達するに至っているのかなとは思う)。

「自分の人生は山手線、いい歳して山手線、シンガポールにまで来て山手線(注:シンガポールで類似する電車路線としてはMRTのCircle Lineがある。しかしこれは山手線と違い同じ駅を一周ぐるぐる回るようにはなっていない)」。この現実は直視する必要があると感じている。なので今回の話題は婚活なのである。

最初に断っておくとこの文章には最後までオチはないし、自己啓発的に得られる事も何もないし、経済や金融市場に関する知見も全く存在しない。何かを学びたいと思って読むのは時間の無駄である。ただ何となく、昨今の筆者の身の丈で感じる事を、書評に絡めてアナ雪のエルザのごとくありのままに表現してみたかった、ただそれだけである。それでも読みたいと言うかただけ以下に進んで頂けると幸いである。


○スパルタ婚活塾の書評。

スパルタ婚活塾 
水野敬也 


さて、これが今回題材に採り上げたい「スパルタ婚活塾」である。

筆者が勝手に敬愛する文響社、水野敬也氏の著作であり、一言で言えば、女性の婚活を男目線で分析した本である。

非常に面白かったし、「結婚どころかお付き合いする段階に中々至らない、ブレイクスルーが欲しい、厳しい叱咤と共に笑いと励ましを貰いたい」と言う女性には特にお勧めである。また、独身中年男性が読んでもいちいち頷ける事が多く面白いので、疲れた男性婚活の箸休めにもお勧めである。


○実用的な内容が満載。

例えば、女性から意中の男性に意図してスキンシップを図って行く「お触り48手」などは即戦力として使えるものと思われる。確かにこれをされると男は結構さくっと落ちるのだが、これを適切に実践出来ている女性は案外中々居ない。その他にも、男目線で至極その通りなのだが女史側が犯しがちな禁忌と言うのが多数指摘されており、参考になる点が以下の例のように目白押しである。

・「婚活マニュアルでは”聞き手に回れ、相手を褒めろ”とあるが、婚活マニュアルを意識しすぎて会話や行動が通り一遍、ただ褒めるだけ聞くだけになってしまっている女性と話していても面白くない・印象に残らない。」

・「SATC臭のする女はまずダメである。SATC臭とは、肉食系で、凝ったブランドやおしゃれ等に凝っていてカネもかかっているのだが女性目線を気にし過ぎていて微妙にシャープ過ぎて色味がは虫類のごとくやや原色に近いきらいがあり男のツボから外れており、自虐ネタが多く、会話の中身や笑い方がどことなく下品な女である。アラサー以降のハイスペ女史にSATC臭が中年男の加齢臭のように付きがちであり、そうした臭いが身についていないか細心の注意を払う必要がある。」

・「女性は女目線を気にし過ぎる余りファッションの方向性が男受けする所からずれている。男が好きなのは白のワンピースとかシンプルにかわいらしいものでブランドで言えば(女性同士では格好悪いと言われようが)ジルスチュワートみたいのだ。」

・「セクロスの事に及ぶ段になって”私、付き合っている人とでないとしないの”等と言うのは男の気分を萎えさせ、もうこの女史どうでもええわとなる禁忌の筆頭である。付き合うとセクロスの交換とか何の商取引ですか、高いフレンチの店でワインを値切ろうとする男のように全てが台無し。」

...等等。もう男目線からすると、逐一至極その通りである。因みに本書には書いて居なかったが、白のワンピースやジルスチュアート風ファッションに更に一点加えると「ナチュラルで自然に見えるが実際は白いカンバスに絵を描くかのごとく顔を作り込んでいるフルメイク」等も男目線的には重要であろうと筆者的には思ったのでこの場を借りて追加しておく。

男女市場に打って出ようと言う際に、こう言う基礎的な傾向と対策すら打てておらず、ドラクエで言えばスライムを倒して経験値を稼ぐまでもなく討ち死にしている人は男女共に非常に多いのではないかと、ここもとで比較的多数の女性との婚活活動を行いサンプル数だけは増えて来た拗れ中年男である筆者からすると感じる。本書はこうした女性に対して、「男女市場に打って出る際の基本的な武器と防具と道具、言ってみれば男女市場クエストの銅のつるぎ、かわのたて、やくそう2-3個」を面白い文章と手ごろな価格で与えてくれると言えよう。


○一方で、筆者的には賛同出来ない点も。

ただ一方で、筆者的には本書の内容に必ずしも賛同出来ない部分もあったのでこの点についても書いておこう。

この本に出てくる「ツッコミ会話術」「吊り橋理論」と言った、「上げて落としてを繰り返し、男性側が失礼と感じるか否か・怒るかそうでないかのギリギリの所を攻める事で印象付ける」と言ったコミュニケーション上のテクニックは、キャバクラの女の子か、キャバクラの女の子が出来る位の年齢の若い女性向けのテクニックかなとも思われ、筆者は賛同出来なかった。アラサー以降の女性が恋愛だけでなくその先の結婚も見据えるようになった段階でやるのはちょっとリスクがあるかなとも思われたのである。

確かに、プロ女子大生とか二十代でまだ「アラ25」位までであれば、ツッコミ会話術や吊り橋理論を年上のおっさん等にやればかなり印象付ける事は出来る。

なぜか。理由の一つとしては、おっさんは、歳が上になればなるほどそうなのだが、会社でも地位が上になり責任も重くなるため、女性からも往々にして「崇められてしまいがち」であり、内心それを窮屈に感じているからである。時には若い頃のカジュアルなモードに戻りたいと思っている面があるのである。このため、若い女性が「親しみを持ってツッコミを入れていじくって」くれると新鮮に感じるしほっとするのである。

二つ目の理由としては、自分の若い頃を思い出して、「自分も若い頃はこうして無鉄砲だったなあ(実際にはプロ女子大生やキャバクラ嬢は緻密に計算して年上の男性に失礼に当たらないぎりぎりの所を攻めているのだが)、まるで自分の若い頃のようだ」と言った感慨を持つ事になり、「ちょっと変わっているけど面白い子だな」と親近感が湧く、と言った要素も挙げられるだろう。大体おやじキラーの若い女子は、こう言う辺りを体感・経験から目ざとく理解した上で、こう言うスキルを身につけているようにも思う。

しかし、これが通じるのはせいぜい「アラ25」位までの女性ではないかと筆者は感じている。アラサー女史以降は、ツッコミや吊り橋理論的な表面的なコミュニケーションのテクニックで得点が稼げる段階は終わりではないかと言う事である。

アラサー以降になり、恋愛だけでなくその先の結婚も考える、となると結局の所は、仕事とどう取り組んで来たか、私生活をどう過ごして来たか、煎じ詰めるとどう人生を生きて来て今後どう人生を生きてゆきたいか、それが噛み合う異性と出会えるか、と言った長期でのファンダメンタル、Intrinsic Valueが問われる事になるのではないかと。

アラサーになって、表面的なツッコミ術や吊り橋理論的な、相場で言えばどうだろう、一時的な需給要因みたいな小手先の会話技術を駆使されても、「ちょっと落ち着きのない女性だな」「こう言うコミュニケーション技術と若さと見栄えの良さで”ちょっと変わっているけど興味を惹かれるかわいくて面白い子”的な雰囲気を演出して人生乗り切ってきたんだろうな、もうそう言うのも通じなくなりつつある歳だけど」位の印象になってしまう気がするのである。

なぜかと言うと、おっさんが若い女子ではなく大人の女性に求めるのは、そうしたガチャガチャしたコミュニケーション術ではなく、カウンターの鮨屋やバーでゆっくりと人生の話が出来る、あるいは週末に家で映画を観たり一緒に運動したりと言った日常を一緒に自然に楽しめる、と言った「大人の休息的な時間を一緒に過ごせるか」と言った事柄であるようにも思うからである。

加えて、結婚となると、例えば金銭感覚が近くお金の話がきちんと出来るかどうか、子供が欲しいか否か・また子供が欲しい場合は予想される子育ての方針がある程度一致するか、人生プランがかみ合うか(例えば筆者の場合シンガポールに今後も長期で住む予定なのでこの点かみ合わないと難しい。男女間での仕事観等が一致する必要もある。男性側は女性に子供が出来た後も働いて欲しいと思う一方で女性側は専業主婦になりたいあるいは逆、と言った不一致があると恋愛でそこまで考える必要はないが結婚は成立しない)、親の介護諸々の問題等、もっと現実的なイシューとも向き合う必要が出てくる。

筆者は離婚経験があるのでなおの事実感しているが、恋愛段階では考える必要のない上記のようなシリアスなイシューとも、結婚となると「大人同士として」きちんと会話・議論が成立する必要がある。それは本書にあるようなタクティカルなコミュニケーション術だけではカバーしようのない話である。

年齢と共に芸風・持ち味も進化・深化させてゆかないと男女市場での生き残りを果たす事も難しいように筆者は感じている。芸能人も若い頃はアイドル・タレントで若さでやって行けるが、年齢と共に本格的な舞台やドキュメンタリー、ドラマで母親の役等出来るようになる事で初めて長期の生き残りが可能になるのと同じである。本書でカバーしている範囲は、「そもそも恋愛関係に入れない比較的若い女性が、恋愛モードに入れるまでの技術」であると思われ、その先の話については本書は何らの記載がないのである。この点は留意して読む必要があるだろう。

○まとめ、愛すべき悩める中年独身拗れ男女の同類たちに送るエールなど。

とは言え、本書にあるようなコミュニケーション術も、例えば仕事・キャリア一辺倒でデートの会話も仕事の話ばかりで口調も理路整然としてしまい会話に「アソビ」「女性らしさ」「色気」を演出する事が中々出来ないために恋愛モードにすら中々入れないキャリアウーマンや、婚活を意識して世間体的に差しさわりのない模範解答的な堅苦しいやり取りに終始しがちな女性等には参考になる所が大いにあろうかと思われる。

また、最初に述べた通りで「SATC臭が付かないようにする」等の「男女市場に打って出る際の基本的な武器防具、言ってみれば銅のつるぎとかわのたてとやくそう2-3個と言った基本装備」が男目線できっちり書かれている稀有な本でもある。銅のつるぎとかわのたてとやくそう2-3個も持たずにひのきのぼうだけで男女市場に突進してスライムにすら勝てずに冒険がスタートしない所で人生が頓挫してしまっている男女も非常に多いのは確かだ。まずは男女関係モードに入れないとその先の結婚だの子供だの親の介護だのの話題をする事も適うはずはなく道のり遠しなのもまた確かであり、本書はその段階を突破するための銅のつるぎを読みやすい面白い文章で安価に提供してくれている。

加えて、「結婚に執着しつつも、それと同時に執着しない余裕を持っていなければならない」と言う禅問答のようなくだりなど結婚だけでなくお金とかキャリアとか他の分野でも言える話であり、更に本の最後は泣けると言うか感動する。笑いを追求しつつも実践的に役に立ち、所々人生の本質を突いており涙と感動がある、と言う水野節が見事に発揮されている。筆者と共に男女市場で迷える独身中年おっさん、また独身妙齢女性の箸休め兼実践の書として、是非お勧めしたい。

悩んでいるのはディスプレイの前の貴方だけではなく、ディスプレイの向こうの筆者も同様である。今日もまた、フェイスブックでは友人知人の子育て奮闘記だの久々に旦那(嫁さん)に誕生日を祝って貰ってデートしてちょっとうれしかった(はーと)だの勝ち組感一杯の話題に溢れる中で、筆者は独りシンガポールの南国を漂流している。

ただ、漂流生活もそれはそれで楽しいものだ。男女市場の冒険者仲間も出来るし、独り暮らしだからこそ出来る自由や楽しみもある。人生をあてもなく漂流しながら目に映る景色や体験する人生経験もそれはそれで味わいのあるものだ。まずは今日のこの日を楽しもうではないか。

そんな訳で、似たような境遇にある愛すべき悩める中年独身男女の同類たちに、「スパルタ婚活塾」と言う銅のつるぎとかわのたて+やくそう2−3個を掩護射撃として紹介しつつもエールを送りつつ、相互の健闘と幸運を祈る事としたい。おお神よ 中年・妙齢拗れ独身男女たちに あなたさまのご加護の あらんことを!(ドラクエの神父さんより)

1 件のコメント:

  1. 頷きながら書評拝読しました。

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