2010年6月28日月曜日

紫陽花の季節

(鎌倉の紫陽花)

せっかくぷーライフをしているので、鎌倉のあじさいを観に行った。とても美しかった。


平日の昼間にも関わらず人が沢山。写真の向こうにうっすら見える海は由比ケ浜。世の中にはこんなに沢山、平日昼間に仕事をしていない人が居るのかと驚かされる。

それにしても、都心の金融コミュニティに居た頃は、あじさいの季節だとかそう言う会話がそう言えば殆ど無かったし、筆者も梅雨の時期はじめじめしてうざい、位にしか思っておらず、雨の中で瑞々しく咲くあじさいに心弾む事など余りなかったように思う。都心にあじさいなんて咲いてないから仕方無いと言えばそうだが、それにしても始終相場の話とか、誰それがMDになっただの、年俸だボーナスだの話、誰それは優秀だのそうでないだの言う話ばっかしだったように思う。

ちなみにこの業界の人間は「ご優秀」コンプレックスの人が相当多いんじゃないかと最近思う。人の話になると何かと言うと優秀かそうでないかと言う議論になる事が多い事に、金融の世界から距離を置いて気づいた。今まで気づいて居なかったと言う事は、自分もこの一員だったと言う事を認めざるを得ない。他に人を判断する価値観の軸は無いのかねと言う話だし、今考えるとつまらないし薄気味悪い価値観である。

マネーなんて、中央銀行の一声で増えたり減ったりする紙切れに過ぎないのは金融マンである程良く知っていて然るべきだと思うが、結局はマネーが大量に巡っている所に身を置く事で、年俸が多少高かろうが都心の高級マンションに住んでようが何だろうが、マネーに心を奪われて花が美しい等と感じる感性を失ってしまって居る時点で、マネーの瘴気に人生を支配されてしまっている人種が過半なんだな(そして自分もその一人だった)と言う事も実感し、ある意味異常な世界に居たのだなと、ふと痛感した。今考えると、品性もないし、つまらない世界だし、つまらない人生だなと、あじさいを眺めながらふと感じた。

ただ救いなのは、本当にまともな投資家や投機家はこの辺を良く理解している面がある事である。

「(マネーは)彫刻家が粘土や銅に持つ興味と同じようなものだ。私はそれを使って仕事をする訳だから。」
「金儲けのための金儲けは空しいと言う事だ。」
「カネがあってもあなたの事を愛してくれる人の数が増えたりはしないし、より健康になれたりもしない。」

これらのセリフは、最初の二つがジョージ・ソロスの発言、3つ目がウォーレンバフェットのセリフである(注)。

こう言う本物と将来仕事をする事、こう言う事をきちんと分かっている友人を大事にする事、あるいは自分自身がこう言う事を理解してあじさいの花を愛でながら相場の仕事をする事にフォーカスしておけば良いのかも知れないと、これまた紫陽花越しの遠くの海を眺めながら、ふと思った。

(注)出所は以下の書籍。表面的には全く異なるスタイルと言われて居る長期投資家のバフェットと、比較的短期のトレーダー的なやり方をすると捉えられている投機家のソロスに共通する、投資家/投機家としての心構え、習慣がまとめてある。良書であり、お勧めである。

2010年6月27日日曜日

浄化と再生:腸炎を患うのまき

(出所:ヤクルト)


さて、熊野古道訪問記も終了したし、内輪で見て頂いているかたも居るようなので、報告代わりにここ最近であった「色々」について徒然に書こうと思う。

・腸炎を患った。

仕事はファイヤーで社会人10年目に棚卸しとなり、私事では離婚して自分の望む女性、生活、そもそも人生のありようについて棚卸しする事になり、極めつけはこれである。体も棚卸しが必要だったようである。

ちょっと汚い話になってしまって恐縮だが、ある日トイレにいつも通り入っていた所、トイレが真っ赤になるまで出血したのである。しかも出血のせいかショックのせいか目眩までしてくる。この前から数日位腹の調子が余り良くはなかったのだが、腹痛が強くなって止まらない。これはただ事じゃない、非常事態だと言うサイレンが頭の中で鳴り響いた。もう公私共に積み残しも終わったしと思い始めて、熊野詣でで「浄化と再生」もやったし、面接も幾つか進み始めて事が進捗し始めた矢先だった。しかし、「今まで不摂生にしていた体の棚卸し」と言う積み残しが残っていたのである。

痛みが止まらないので家の近隣で一番大きい総合病院に緊急外来で診察を受け、予定は全部キャンセルした。面接がたまたまヘッドハンターや面接先の出張等で延期になっていたのが救いだったが、何しろ非常事態である。実は末期の大腸がんか何かでもうこのまま人生終わるリスクもゼロではないかも知れないと思ったので、一応親にも連絡を入れておく。

「腹が、腹が痛ぇよ、、、あべしぃぃっ」みたいなセリフが存命中の最後のセリフでは「北斗の拳」のザコの最期みたいでカッコ悪い。ここは風流に「辞世の句」でも親に詠んどこうと思ったのだが、非常事態で句なんて浮かばない。えーと織田信長の好きだった句が何だっけ、人生50年 下天のうちをくらぶれば、、、えーとなんだっけ、つうか取り敢えず病院行くから結果は後で報告する、報告出来ない事態になった場合のために病院の連絡先今言うからメモって、病院にも実家の電話番号伝えとくから、と言うのが限界であった。

緊急外来では簡単に検査して貰い、翌週に内視鏡検査をする事に。腹の痛みは何とか我慢出来る程度になって来たので、当面安静だった。

でもって先週に大腸の内視鏡検査をした。やった事のあるかたはご存知かも知れないが、2リットルも下剤みたいのを飲んで、10回近くトイレに行って、鎮静剤注射打ってアナルの奥深く、大腸の終点までオリンパス(銘柄コード:7733)の内視鏡が突っ込まれるアレである。病気云々の以前に、病院と言う場所自体、この検査自体が心身共に弱らせる。嗚呼つらかった。

結果、腸炎であった。病気としては軽度なものであった事、たまたまこの総合病院にこの手の世界で結構有名なお医者さんがいらしてアドバイスも幾らか貰ったのが助かった。

曰く、食生活の改善、具体的には酒量を大幅に減らして、腸内環境を改善するヨーグルトとか、みそやら納豆やらの発酵食品を食べて、こんにゃくとか海藻とかの食物繊維が多いものを食べるようにとの事。肉みたいな脂分の多いものは腸によくないので食べ過ぎないようにと。加えて、腸は体調の根幹になる部分で、ストレスや生活の不摂生が祟りやすい場所でもあるからこの点も見直すようにとの事。要するに、過去の公私双方のストレスやら、自身の無理や不摂生を伴った生き方の帰結が腸炎だと言う事のようである。

ろくなアドバイスもなしに抗生物質やらステロイド剤やら処方して終わり、みたいな頼れない医者にも過去遭遇していて内心うんざりしていた面もあったのだが、緊急外来でたまたま名医を見つける事が出来たのは不幸中のラッキーだった。

要するに、「ショッキングなビジュアルを伴う割に軽い病気を患わせる事で生活習慣を見直すキッカケを与える」と言うのが、今回の相場の神様のご意思のようである。こう言うサインには敏感に対応する必要がある。

上記の結果を受けて、これまた待ってましたとばかりのシンクロニシティぶりで、知人が「食養法」の講座を開催すると言うのでそれに申し込んだ(こう言う偶然の一致のような事がタイミング良く起こる事で、「相場の神様の意志」を再確認する事が可能である)。

酒は「昼間っから海べりビール」「飲み会でもついついお酒が進んでしまう」等を(筆者の好きだったエビスビールを作るサッポロHD2501、焼酎等でお世話になっていたオエノンHD2533、宝HD2531、ワインではメルシャン2536やエノテカ3049等には申し訳ないが)一切止めて、週末にたしなむ程度に削減した。玄米に雑穀を混ぜるご飯に主食を変更(玄米を販売している上場企業としては、ファンケル4921がある)して、ヤクルト2267の乳酸菌飲料を毎朝摂取するようにした上で善玉菌のサプリも取るようにし、外食依存から内食シフトを進めて駅前の東急スーパーに通い(東急は銘柄コード9005)、発酵食品や食物繊維を摂る上記の通りの食事に大幅に変更した。腸炎自体はほぼ治癒に至りつつある。お陰で腸内環境の浄化と再生は進んでいるようで、状況はだいぶ改善した。

更には食生活以外の生活習慣についても、これを機に大幅に見直しを入れる事にした。
熊野詣でに続いて、「浄化と再生」の総決算である。
これについては次回にまた書きたい。

パワースポット訪問:熊野詣で 番外編 玉置神社 


(玉置神社入口)

さて、熊野詣で3日目である。
熊野詣でと言っても、3日目のハイライトは上記の「玉置神社」である。
十津川温泉郷に宿を取ったのも、ここから玉置神社まで送迎してくれるバスが、土日のみ要予約で出ているからである。

乗客は筆者一人だけの貸し切り状態のバスに揺られて、運転手さんと色々地元の話等ヒアリングしながらどんどん標高を登って行く。地元の人は案外温泉に入らず家で水道水でお風呂を湧かしているとか、学校の統廃合で学校が非常に遠くなってしまった結果送迎バスが地元の子供の家の前まで来るようになっているためと、家でゲームばっかりやっているせいで最近の地元の子供は案外運動していなくて足腰が弱いとか。かえって老人の方が昔から歩いているため体力があるとか(結構意外な話だった)。玉置神社界隈の玉置山で遭難した例が過去あるので、観光として行き易くなっているとは言え気をつけた方が良い等等。旅先でこう言う話を聞くのは中々に学びになるものである。

40分位バスに揺られて上記の玉置神社の入口近辺に到着。駐車場があるのだが、この時点で標高約1000メートルである。天気は快晴だったが、気温が肌寒い。上着をはおった。

こちらが玉置神社の周辺地図。
そして森の散歩道が続く。傾斜はそんなになかったので過去の古道からするとらくちんだったが、20分位はそれでも歩く。
行き途中に祀ってあった石。
玉置神社の第二の鳥居。
更に山の奥に入って行く。杉と木漏れ陽が美しい。
樹齢1000年位の杉の木の一つ。一つと言う位なので、この先にも樹齢1000年以上クラスの木が何本かある。凄い場所だ。
この木の根元の苔の生え具合がまた趣深い。
玉置神社に到着。
神社の境内の裏手にある、樹齢1000年の杉の木。双子のように分岐している。貫禄がある。
こちらが樹齢3000年の木。もの凄い強い、優しい気を発しているのが分かった。ずっとここに居たいような気分にさせる。来て良かったと本当に感じさせた瞬間であった。写真をお守り代わりに携帯の待ち受け画面にしている。
更に山の頂上に至る道があったので登ってみる。残り100メートルに満たないはずなんだが、斜面が急でむちゃくちゃ疲れた。
頂上に到着。1076メートル。遥か遠くまで見渡せる。

この後は、玉置神社を降り、十津川温泉郷から再び熊野本宮大社に向かい、古道を最後に4−5キロ歩いて、熊野本宮大社と大斎原にお祈りした。そして帰路について、大阪から夜行バスで再び東京に戻り、旅行終了。

パワースポット訪問として熊野詣でがしたいかたには、以下を参考にして頂ければと思う。大斎原、花の窟、玉置神社はかなりお勧めしたい。

パワースポット度 大:大斎原、玉置神社、花の窟
パワースポット度 中:熊野本宮大社、神倉神社
パワースポット度 小:熊野那智大社、熊野速玉大社

ブログの更新が遅くなってしまって1ヶ月近く前の話になってしまったが、良い旅行であった。「浄化と再生」の熊野の気を存分に貰う事で、自身も浄化と再生に繋がったように思う。

最後に参考書籍。以下の書籍は、本として分かり易い結論・オチが無いのが欠点だが、熊野詣でをする際に持参しておくと面白い。

2010年6月26日土曜日

パワースポット訪問:熊野詣で その3


(湯の峰温泉の公衆浴場)

さて、色々あって随分ブログのUpdateに間が空いてしまった(”色々”についてはまた改めて書く予定)。
熊野詣での続き、2日目を駆け足で紹介しておきたいと思う。

上記の湯の峰温泉の公衆浴場は、世界遺産の「つぼ湯」がある。日本でも最古の部類に入る昔からある温泉との事で、小栗判官と照手姫のロマンスの伝説で縁の深い温泉である。確かにお湯も良かった。

二日目の朝、民宿のおかみさんに御礼を言って、湯の峰温泉を後にする。バスに乗る。一本逃すと1時間以上後にならないと来ないので、朝の6時前に起きて、間に合うように万全を期した。

バスには通学の中学生や高校生が乗っていた。1時間に一本も無いバスで、近隣の繁華街である新宮にある中学や高校まで1時間位かけて通学。中々大変である。時刻表を見た所夜も非常に早い時間に終バスが終わってしまうし、夜遊びも出来ないだろうし部活や塾はどうしているんだろう等と色々考えてしまった。色々な子供時代があるんだなぁと、大自然の光景を観ながらぼんやりと考えた。

バスに揺られる事1時間ちょっと、熊野3社の1つである熊野速玉大社に到着。繁華街の比較的近くにあるせいか、清々しくはあるものの、大斎原のような「瑞々しい気でびりびり来る感じ」までは行かないかなと言う印象。

こちらが入口。やはり、何も願い事はしないでひたすら感謝だけして来た。

神社の敷地内にある樹齢600年?位の楠の木。中々に心地よかった。樹齢の長い木の傍に居ると、護られているような気持ちになるのが不思議である。楠の木にも感謝しながら、熊野速玉大社を後にする。敷地はそんなに広くないので、結構あっという間に次の場所へ。

こちらは、熊野速玉大社から徒歩10分くらいの所にある、神倉神社の入り口。かなり急な山道の階段が500段位続くらしい。運動不足の中年入りかけには中々に大変な運動である。

神倉神社に続く山道。中々に心地よい。こう言う樹々と木漏れ日を感じられる場所があちらこちらにあり、本当に心地よい。一方で、熊野詣でとはすなわち歩く事でもある。これは今後行かれるかたは覚悟しておいた方が良いかもしれない。結構良い運動にはなるが、思ったよりハードでもある。

神倉神社に到着。神社自体はこじんまりしている。

神社からの眺望。新宮市街と伊勢の海が一望出来る。

神倉神社を別の角度から撮影したもの。上のどでかい岩が、神様として祀られている。この岩は、大斎原未満、熊野速玉大社以上位のソコソコ強い気を放っている感じもした。熊野速玉大社に行くなら神倉神社は多少歩くのが面倒でもぜひ行く事をお勧めする。

ちなみに不勉強で筆者は今回初めて知ったのだが、神道と言うのは、神倉神社のように岩とか滝とか自然を「神様が降り立った地」等として神様として崇拝するような感じらしい。他宗教にも寛容で、その上熊野においては昔から男女問わず、身分問わず、病人や健常者等も問わず、広く参拝を認めていたらしい。更には熊野の少し北にある高野山等は比較的政治に近い所に居た一方で、熊野については天皇や上皇等が熊野詣でをする事は相当頻繁にあったものの、全般に権力とは比較的距離感を持って接していたようである(注1)。こう言う背景は筆者の性格にマッチしていて良かった。筆者は無宗教だし、”宗教宗教した”感じと言うか、押しつけがましいのは余り好まない。政治的な色彩の強い神社も敬遠気味である。強い気を放っているパワースポットの瑞々しい自然を肌で感じましょう、位の方がしっくり来る。

神倉神社を後にして、新宮駅まで歩いて、観光案内所で今日の夜の宿の手配や明日の観光の手配等をした。そして熊野三山の最後の1つ、熊野那智神社へ電車で20分+タクシーで向かう事に。電車はワンマンバスみたいに電車の中でバスの料金表みたいのを観て料金を払う事が出来るようになっていて、新鮮だった。写真には撮れなかったが美しい海べりを走る電車で、かなり趣があって良かった。美しい海岸のある那智駅を下りて、タクシーで大門坂へ向かう。


これが熊野那智神社の入り口、大門坂の傍の風景。すっかり山である。気の強い土地は大体において、比較的狭い地理の中に、海、河等の「水」と、山が濃密に配置されていて変化に富んでいる。風水的にも気の強い地形と言うのはそう言うもののようである。


大門坂の入口。
大門坂の入口その2。また階段、そして階段。熊野詣では結構鍛えられる。

大門坂の入口にある夫婦杉。樹齢800年だそうだ。1200年と言うと、鎌倉時代である。気が遠くなりそうである。国道から非常に近い所にあるにも関わらず、夫婦杉をくぐると完全に別世界である。樹齢の長い樹々と言うのはそう言った力があるように思う。


大門坂の中。ご覧の通り、非常に雰囲気のある、これまた瑞々しい気を放つ古道である。熊野一帯の古道は全て世界遺産であり、ここも勿論世界遺産である。大門坂の散歩は大いにお勧めである。

大門坂から歩く事30分ちょっと。熊野那智大社の入口。階段、階段、また階段。。。

那智の滝と3重の塔の風景。絵はがきに出て来そうなべたな写真になってしまった。気の強さは、うーんどうだろう。神社の門前もお土産屋が軒を連ねたりしているし、大門坂を歩かなくてもバスだけで簡単に行けるようになってしまっていてツアー客なんかも結構来るし、3重の塔は近年に作られたものらしく入場が有料の上普通にエレベーターとかあるし、ちょっと俗っぽい印象も受けた。言ってみれば正直そんなに強い気は感じなかったように思う。大門坂の夫婦杉や古道の中の方が気が強かったようにも思う。熊野那智大社に行く場合は、面倒くさくても大門坂から歩く方が、パワースポットとしての熊野を実感出来るように思う。

ただ熊野那智大社の面白いのが、神社であるにも関わらず、仏像も置いてある点である。元々神道は「神仏習合」と言って、言ってみれば神道の神でも仏教の仏でも構わない、と言う大らかな面がある訳だが、それを実感出来た。思わず仏像に対して、神社でやるように拍子をしてお祈りしてしまったが、別にそれでもそんなに違和感ない感じだったし、館内のかた等から咎めたり変な目で見たりはされなかった。筆者のような宗教心の余りない人間でも受け入れ易くて良い発想だなと思う。

ところが明治時代になって、明治政府の政策により神仏が分離されるようになった上で神道は宗教ではないとして政治の材料に組み入れられる等したようで、更にはこの流れの中で区域内の神社の数等に規制が入ったらしく、中小の神社が結構取り潰されてしまったようである。文明開化、富国強兵の中で、西洋に追いつけと言うので忙しく、神道も政治的色彩も帯びるようにもなり、神仏習合で純粋に「自然に宿る気」や「各人の中に在る神」等を感じ取ると言う発想も減衰してしまった向きもあるようである(注2)。残念な話ではある。

神社の周囲は大体気の力が強く、樹木等も長寿の御神木等が育ち易い環境である事も多い(と言うか、そう言う場所に神社が建てられて来た、と言う事のようだ)ので、そう言った自然が神社を取り潰して再開発等されてしまう事で崩れてしまうと言う面もあったようだ。南方熊楠と言う明治時代の学者も政府のこう言った政策には反対していたようである(注3)。南方熊楠の滞在地跡、と言うのが大門坂の入口辺りにあった。

こちら滝の近くまで行った写真。神倉神社の岩同様、滝自体が神様として祀られている。滝の近くはマイナスイオンも充満している感じがして、結構神気ある感じがした。ちなみにここの水で作られている「那智の滝」と言う日本酒が非常に旨かった(注4)。

熊野3山を全て巡ったぞと言う事で微妙に自己満足に浸りつつ、熊野那智大社を後にして、新宮に戻り、電車が全然無いので新宮駅からタクシーで6000円かけて次の花窟神社へ。

こちら花の窟の入口。

花の窟の内部。イザナミノミコトが祀られている巨石の写真。もの凄い強い気が出ているのが霊感が無くてもよく分かった。大斎原と同様の感じ。イザナミノミコトが祀られている神棚みたいな所は、ちょっと恐れ多い感じがしたので撮らなかった。場所的には新宮駅から電車で30分、タクシーで6000円分くらい名古屋方面に北上したちょっと行きにくい場所にあるものの、パワースポット巡りをするなら、花の窟は絶対行く事をお勧めする。実際、熊野詣でをする前に、知人に花の窟には必ず行くと良いと勧められたが、その通りだった。瑞々しくて決して怖い感じではないものの、ちょっと恐れ多い位の気を感じて身震い(ほんとにします)しながら、感謝の祈りをした。気の強い所は地場、磁力が強いとも何かで読んだようにも思う(注5)。行って良かった。

さて、帰りは電車の時間がある事を確かめていたので、大急ぎで最寄りの「熊野市駅」に行き、新宮に行った。民宿を十津川温泉郷と言う所に取ったのだが、16:55新宮駅発のバスが最終で、これに乗り遅れると宿に到着出来なくなるのだ。この辺はバスも電車も本数が少ないので、レンタカーを使う方が効率は良いかも知れない(しかし熊野詣でのため長時間歩きっぱなしになる事に加えて山道の長時間ドライブで、ちょっと疲れそうではある。電車やバスだと車内で寝られるのが良い面ではある)。電車やバスの移動だと、結構不便な面はあった。不便だから自然が残っていると言う面もあり、これはトレードオフで仕方無いのかも知れない。


バスに揺られる事2時間、十津川温泉郷に到着。霧がかっていて、どこか全く別の世界に来たような気分だった。民宿に入って、8品だか10品位あるちゃんとした晩ご飯を頂いて、温泉に入って、2日目が終了。

(注1)参考書籍は下記。


(注2)ちょっと脇道にそれるが、本文と関連して「西洋的価値観vs東洋的価値観」「科学vs宗教」の話をすると、明治維新とは西洋的価値観と科学の礼賛と東洋的価値観と宗教の軽視であったと言える。一方で現代においては、量子物理学を突き詰めた結果、科学の世界が「気とか神様とかあの世とかの世界」「東洋哲学」に接近すると言う結果になっており、むしろ西洋の科学、特に明治維新の頃に西洋でメジャーだったニュートンやラプラスやらの力学の世界は完全に時代遅れになって居る。この点考えるのは中々に面白い。

そう言えば物理学も生物関連の世界もどんどん進んでいるように思われるのに、金融の世界だけ、「ロジカル万歳」(面接でもこう言うのを問う所が多い事、多い事・・・)とか、「全体を細部に分解して評価して足し合わせれば全体を適切にValuationが出来る」とか、「定量化して数字で評価すれば何事も評価出来る、あるいは定性的であるより数字が伴う方が説得力がある」とか、「何かモデルを組んだら絶対的な価値の評価だか、何がしかの予測だかが出来る」と言う前提で回っており、思いっきりニュートンやラプラスの超絶時代遅れの世界である。これらは量子論の世界では相当昔に「そう言う訳にはいかない」と否定されている事柄ばかりである。Valuation至上主義、細部までブレークダウンすれば正解が見える主義、予測至上主義、数字至上主義とでも言おうか。投資やトレードの本質はこう言う所にはないのだが、こう言う議論をしても噛み合ないケースは結構多い。

大体、どこからどう見ても前提の建て方も自己矛盾しているし理論にもなっていないマーコヴィッツの分散投資がメインストリームで、LTCMショックが起きてもITバブルが崩壊してもリーマンショックが起きてもクオンツと言えば正規分布にファクター分解、と言うのも良く考えると驚きである。まあ実務的に簡単な算数で扱い易いからとか、経済学者にとってもエレガントな数式で処理出来るからそうなっていると言う事なのかも知れないが、よく考えると不思議ではある。多分まあ、表に出て来ない所で(例えばルネサンステクノロジーとかの旨く行ってるクオンツ系ヘッジファンドで社外秘のもとで)色々別のアプローチが為されているんだろうとは思う。

物理学者のセンスがある訳ではない筆者からするとこんなもんなのかなと思って仕事していたが、右の推薦図書にあるナシームニコラスタレブのような物理学者から見たら、金融の世界は相当出遅れている世界であり、研究対象として余地のある世界なのかも知れない。

また、上記のような意味で行くと、ジョージ・ソロスの「Quantum Fund」と言うのは名付けて妙である。ソロスの「再帰性理論」と言うのは量子論を完全に下敷きにしていると言える。

ソロスによると、全ては相対的なものであり、観察者が同時に参加者でもあると言う状況のもと、参加者間で、あるいは事実と市場参加者の期待との間で相互作用が起きながら市場が動いている。つまり市場参加者の信念(例えば今後クレジットは改善し、景気は良くなる等)が、銀行の貸出増大や設備投資増大に繋がり結果として「好景気」と言う事実を作り上げる。そしてその事実をもって市場参加者がもっと景気に対して自信を深める、と言う形で、事実により信念が形成されると言う循環と、信念により事実が作られると言う循環が、それが事実と完全に剥離して崩壊するまで継続する。これが「再帰性理論」である。

そして、市場がこう言った相互作用で動くため、市場を完全に予測する事は出来ないあるいはかなり困難であり、確率的な表現になる。これらは言ってみれば量子論の成果の市場への流用である。ソロス本人はカール・ポパーの信仰者であるが、間違いなくどこかの段階で、物理学の議論に影響を受けている。

但し、ソロスの著書を読むと、「自然科学は唯一不変の事実があり、観察者の観察は事実に影響を与えない」と言った記述もしており、これは量子論の議論とは異なる(どちらかと言うと、ニュートン力学の時代の考え方)ので、もしかしたらそんなに科学に詳しい訳では無かったのかも知れないようにも思ったりもする。ソロスの理論における攻撃対象はニュートン力学と古典派経済学で、量子論とケインズ経済学とオーストリア経済学が投資哲学における支柱になっているなーと言う感じがする。

それはさておき、ソロスの場合は、量子的なふるまいを示すマーケットが、時折「ある種のふるまい」を示す事があり、これに対して自信がある時は大量にベット(普段は分散しているが、ここぞと言う時には分散投資の理論など完全に無視して大量のポジションを組む事が肝要)して捉える事でリターンを上げる。とは言え「予測が出来ない」と言う市場の性質にも由来するが人間は生来「誤謬性」があり、常に仮説が正しく行く訳ではないので、間違った際のロスカットはかなり早いし躊躇せず一気にやる。勝っている投資家、投機家の考え方は大体こう言う感じで、効率的市場仮説とか分散ポートフォリオ理論は、完全に無視しているのである。

随分話がそれにそれまくってしまったが、パワースポットで強い「気」を肌で感じたりするにつけ、最近こう言う事を物思う筆者であった。

(注3)南方熊楠はこちら参照。


(注4)日本酒「那智の滝」はこちらで通販もやっている。気が向いたかたはぜひ。「那智の滝」はすっきりしていて仄かに辛口、位。美味しかった。


(注5)これは東京都内では皇居も周辺より磁力が強いらしい。出所を失念してしまったが本で読んだ事がある。江戸時代に、徳川家康の懐刀だった天海僧正と言う風水に非常に詳しい人物が、風水的にさっぱりポジティブでは無かった現在の東京一帯を、治水工事や神社、不動等の建設等により風水的に江戸城、今の皇居に富士山からの気が集中するように作り込んだそうである。

2010年6月10日木曜日

パワースポット訪問:熊野詣で その2


(高原熊野神社の写真)

熊野詣での続き。

さて、歩く事1.5時間程度で、「高原霧の里」にある、高原熊野神社に到着。

これまた得も言われず心地よい気の充満している場所である。神社の屋根は適度に苔むし、木漏れ日が射している。いつまでも居たくなるような場所なのだ。基本的に、パワースポット、風水の良い場所と言うのはそう言うものである。


この神社を護るように立っている、樹齢1000年とも言われる老木がこれまた良い気を放っている。この場所に居ると自分も老木に優しく包まれているような気分になる。鎌倉時代や室町時代から人を包み込み続けている御神木からすれば、筆者の30ん年の人生などほんの一瞬の瞬きに過ぎないな、等と悠久の時の流れを感じる事が出来る。瑞々しい気の充満している場所、本当にちゃんとパワーのある神社の周囲には、こう言う老木があったりする事が多いように思う。


村の風景。うほー棚田だ!映画の「降りてゆく生き方」(注)の風景そのまんまである。金融屋的に言うと棚田だと大規模にコンバインやら田植えマシンやらでだーっとやれないので生産性は良くないのだが、何と美しい。こう言うのはROIが云々は無視して残されて然るべきである。村のおじいちゃん、おばあちゃんとも気軽に挨拶をする。農機の椅子に座ってのんびり新聞を読んでいるおじさんが居る。

思うに、こう言う村でのんびりして生活が成立している人が、一番の「資本主義における成功者」のように思う。大都会の中で、キリキリと分単位でスケジュールを埋めて行ったりして仕事する都会の人々や自分自身が、何だかラットレースのネズミのように思えて来る。

これ以上古道を歩き続けると古道で夜を迎えてしまい危険なので、村から30分位歩いて国道に出て、バスに乗って熊野本宮大社まで一気に行く事にした。バスも1時間に1本もないので随分待つ事になる訳だが、丁度バス停の所に茶屋があったのでビールを飲んで一服。ああ素晴らしかった。

そんな訳で、熊野本宮大社のエントランスに到着。
鳥居の前で軽く礼をして中に入る。こちらの現在の熊野本宮大社は、元々あった大斎原で洪水が起きた事を受けて移転したものである。熊野神社の総本山?中心なのだが、瑞々しい気の漂い具合としては、「まあまあ」と言う感じ。どちらかと言うと高原霧の里の古木のある神社の方が、気が強いように感じた。でもまあ、厳かな気分にさせてくれる。

こちらがエントランス。これより中は撮影禁止。ただただ感謝のお祈りをした。ちなみに神社で自分の願い事をするのは余り良い事ではない。自分が自分が、自分だけ良い思いをしたい、と言ったエゴを出してしまうと、せっかく感じられる瑞々しい気が感じられなくなるし、翻って運気も改善しなくなってしまう。ただ感謝する事が大事である。これは、アナリストで言えば「営業利益を売上高で割ったものが営業利益率で、本業の収益性を表す」と言った事柄と同じ位重要かつ基礎的なルールなので、このブログを読まれた読者は覚えておいて頂けると筆者としても嬉しい。

そして、本宮大社から徒歩5分程度の所にある、洪水前に元々本宮大社があった「大斎原」に到着。うーん、今写真越しに見ても瑞々しい気が放出する。

こちら正面からの写真。鳥居がどでかい。中に入ると、もの凄い強い気で身震いするのが、大して霊感等が強くない自分でも実感される。身震いと言っても怖い感じではなく、瑞々しい心地よさの伴う身震いである。ずーっと居たいような気持ちになった。中の写真は、恐れ多いような気がしたので撮って居ない。ここでも手を合わせて、無心に感謝を捧げた。

もう夜になりそうだったので、当日で予約出来た、湯の峰温泉の民宿に移動する。民宿に電話して、女将さんに迎えに来て頂いた(ありがとうございます)。名物で伝説も残っている「つぼ湯」に入ったり、女将さんに教えて頂いた「ホタルの見える場所」に行って蛍をもう10年以上ぶり位で鑑賞する。時はゆったりと流れ、心はどこまでも穏やかになって行った。こうやって書いているとまた行きたくなる。年末年始にでもまた行こうかな。。。

(注)映画「降りてゆく生き方」はこちら。


映画のクオリティとしてちょっと脚本がぎこちなかったり、動物と子供を使って涙を誘うのは反則でしょうと思ったりして、「どうなのよ」とツッコミたくなる面もある。しかし経済的な成長が望めない現在から将来の日本における生き方の示唆を与えているように思う。

ちなみにこの映画では金融マンやらファンドマネジャーがやっぱり悪者として表現されているが、実際リゾート地の再開発のプロジェクト、そのための地上げ、でもってオイルマネーに投資してもらう(日本の不動産は、利回りとリスクフリーレートのスプレッドで見ると非常に割安に映る、と言うのが大体の日本の不動産私募ファンドなんかの海外マーケティング時の営業トークなんですな)みたいな話は十分あっておかしくない話なので、致し方ない。

筆者からすると、もはやその辺の(一般のかたが想像するような、またこのご時世でも時折散見されるような)ベタベタ外資金融マンやらのように、年収アップや金銭的成功のためにキリキリ頑張る、みたいな事は一生ないだろうなと思う。とは言え一方で、金融の仕事自体とは比較的ご縁があるようにも感じているので、僕の使命はここを変える事なのかも知れないなと最近思ったりもする。「降りてゆく生き方」をしながら大量の「マネーと言う概念」を扱ってきちんと宇宙と調和する。個人的には、これが21世紀に相応しい金融プロフェッショナル像である。