2010年5月27日木曜日

映画「のだめカンタービレ 最終楽章 後編」と「投資/トレード」

(出所:フジメディアHD

面接を受けた帰りに、映画「のだめカンタービレ 最終楽章 後編」をみた。

結構泣けた。泣く映画なんすか?と言うツッコミが入りそうだが、筆者には「のだめ」は非常に泣ける映画なのだ。ピアノと投資/トレードで分野は全然違うものの、のだめの焦り、音楽を好きで続ける事の難しさ、苦悩、と言った所は非常に共感出来るからである。


好きな異性に認めて貰うためにピアノをやる、と言うのは本当に苦しいだろうなと見ていてつくづく感じた。後は、平素のアウトプットが無茶苦茶で、表現出来るものがピアノだけ、と言うのも、観ていると本当に心が苦しくなる。ピアノで上手くやらないと好きな人と一緒になれない。ピアノで上手くやらないと周囲の人は誰も認めてくれない。これは本当に苦しい。年も段々取って来て、周囲は賞を取ったり大きなコンサートに出たりして焦りも出て来る。本人は真剣なのに、見た目のハチャメチャさのせいで天真爛漫でのどかに周囲からは見えてしまうと言うのが余計に観ていて心が苦しくなる。気持ちとして非常に共感出来る。


で、こうやって何かに急き立てられるように、追いつめられるようにして音楽をやって行くようになる中で、元々は単純に好きで音楽をやっていたものが、だんだんと「ピアノをやらされる」と言う感じになって来て、好きになれなくなる。練習も余り出来なくなり、燃え尽きて来る。しかし周囲を見返す一心でコンサートの舞台に立ったらもの凄い良いプレイが出来てしまう。その後が問題で、内心「ピアノをやらされている」感じになっていて燃え尽きて来ているのは自分が一番知っているから、今後は落ちて行くだけなんじゃないかと言う不安にかられる。こう言うのは全部、分野は違うが筆者も投資やトレードと接して行く中で体験して来た事である。


そして、最後には「音楽の純粋な楽しさ」を幼稚園の子供の前でピアノを弾いたり、幽霊部屋の作曲家と打楽器を一緒にプレイする事で思い出す。千秋とも、初めて一緒に弾いた曲をもう一度二人で弾く事で原点に立ち返る。こうして、一回り成長して再び音楽と向き合う事が出来るようになる。これは今現在、公私ともに一回休んで、筆者が投資やトレードに対して体験しつつある事である。


ちなみに、のだめが良い音楽を聴いている時の、妖精や人形が踊り始めて・・・と言った脳内妄想モードだが、あれは投資やトレードに集中出来切っている時には同様の状況になる(筆者だけなのか、同業者は皆そうなのかは良く分からないが)。筆者の場合は頭の中で音楽が鳴る。ハードでアグレッシブなハードハウスやテクノを、ピークタイムのDJのように攻撃的にテンポ良く自分も音楽にノリながら楽しんで、しかし冷静に上手く繋げているイメージが脳内に充満する。こう言う時は実際にポートフォリオも非常に調子良く自然に波乗りして良いタイミングで繋げている、Mix出来ている、マーケットともフィットしている状態になる(逆に調子が悪いと、このヴィジョンが出て来ず、頭でだけ色々うんうん考えてしまうような脳内不協和音の状態なので、外向けには取り繕う事は出来ても、自分自身では調子が悪い事が良く分かる)。そう言う面でものだめに思わず感情移入してしまう。


そんな訳で、のだめに個人的に大いに感情移入してしまうが故に、筆者にとっては「のだめ」は泣ける話なのである。平日の上、上映開始されてから結構経っているのに、お客さんも結構入っていた。フジメディアHDの株価にはポジティブかも知れない(注)。映画館でガンガンにクラシックの名曲がかかるのもやっぱりいい。まだ観ていないかたは、お勧めである。



(注)フジメディアHDの株価決定ファクターは映画以外に、テレビの方の広告収入の多寡が非常に大きいので、これだけで投資判断はしないように。


ちなみに、のだめ役の上野樹里氏の所属はアミューズ4301であり、出来高もなく流動性が低くて仕事で手掛けるには非常に難儀する銘柄だったが東証1部の上場企業である。アミューズについては、サザン、福山雅治、ポルノグラフィティの活動状況がポイントで、上野樹里の業績寄与は小さくは無いが前3者と比べると株価を動かす程には大きくはなかったように記憶している(現在はどうか分からないが)。会社側はどうやら、短期での株価最大化よりも長期でのアーティストバリューの最大化を通じた長い目で見た株主価値の向上に注力しており、例えば業績寄与の大きいタレントやアーティストの活動休止等も必要であれば受け入れているなど、タレントやアーティストが「短期間で消費され切って飽きられてしまう、本人も擦り切れてしまう」と言うのを防いでいると言った方針のようであった。筆者の商売上ソコソコ短期の株価でプレイしなくてはいけなかったのだが、才能のマネジメントの方針としては真っ当で感心したように記憶している(株主からは常に短期業績の改善を求められる上場企業が、長期的視野や従業員の満足とのバランスを保って経営するのは存外難しい)。


とは言え例により、当該サイトは何らの投資判断も示していませんし、当該サイトを読む事によって為される一切の意思決定についての責任は筆者は負いかねます。投資は自己責任で。

2010年5月26日水曜日

いまさらファイナルファンタジーVIII

(出所:スクウェアエニックス)

いまさらなんだが、10年以上前に発売したファイナルファンタジー8をクリアした。
ぷー生活もここまで来ると極めつけである。どうだ参ったかっっっ(注)。
そんな訳で、FF8から、色々徒然に。

○ゲーム自体は「かなり微妙」

FF8は、ファイナルファンタジー7がバカ売れして、当時任天堂→ソニーのプレステ、にハードの趨勢が激変したきっかけになり、その勢い覚めやらぬ頃に出されたソフトである。当時任天堂の株を考えるには、ファイナルファンタジーがどれだけキラータイトルで感動するかと言う事を理解していないといけなかった訳である。そう言う意味ではファイナンス理論も財務分析もあったもんではない。いやー株って、ほんっとうに面白いですねぇ、と昔の映画の解説者の決め台詞を思わず言いたくなるような話である。

しかし、FF8自体のゲームシステムは結構微妙、と言うか攻略サイトなしで普通に敵を倒してストーリー進めるだけだと、敵が強くなり過ぎて完全に行き詰まる。この点は他のサイトでも色々論評されているがその通りである。マス向けに何百万本も売る前提のゲームとしてはシステムがマニアック過ぎるし、かなり問題である。

とは言え、今の時点でゲームする場合は、攻略サイトを見ながらやって行けばスラスラ進めるので、この点(今やる分には)問題無い。


○ストーリーは、大人になってからやると結構奥深かった。

一方で、ストーリーは、大人になってからやると結構奥深かった。

当時は、主人公がビジュアルはイケてるが中身が極めてイケてないとか、ヒロインが大して頭も良くなく美貌も普通で天然過ぎてどうなのよとか、べたべた恋愛モノに付いて行けない、と言う批判が結構多かったし、発売当時に筆者がゲームした時は同じような事を感じたように記憶している。

しかし、大人になってからやると、結構奥深いし上手く作られているなー、と感じる事しきりである。どこが良いのか、幾らか書いてみようと思う。

○主人公スコールの成長物語として、上手くまとまっている。

まず、主人公スコールの成長物語がかなり上手くまとまっている。幼少時に十分な愛情を受ける事が出来ず、周囲に何も期待せず周囲と距離を置き、心を閉ざし、目立つ事を避け、冷静かつ理詰めで考える事で対応していた。これがヒロインのリノアとの出会いや仲間との冒険を通じて、段々心を開くようになり、苦手だったリーダーシップを取るようになり、理詰めや損得で考えるのではなく心から湧き出る感情に正直に生きる事が出来るようになり、仲間を信じる事が出来るようになる。言葉で書くと簡単なんだが、こう言うプロセスをお話の中で自然に描くのは結構大変なものである。しかし本作では上手くこれが出来ている。


○ヒロインのリノアの役回りが、批判も多かったが実は絶妙である。

また、ヒロインのリノアの役回りも実は秀逸である。「革命と言う割にやる事が大人でない、子供のお遊び的」「自己中」「一生懸命なのは分かるが思考や行動や発言がとろいと言うか未熟と言うか幼い」「愛されたがり」「”おハロー”と言う意味不明に天然系な挨拶に加え、発言における言語能力等にも論理性がなく知性に欠ける」「スコールと出会った最初"キミは私を好きにな〜る好きにな〜る"ってなんやねんそれ、好きになんないから全然」等等と批判が多かったヒロインのリノアだが、実は批判されているよりもずっと秀逸な役回りである。実はもの凄い成熟しているしバランスが取れている。スコールのカウンセラー、コーチ、メンター的な役割を実は担っている。若い頃にゲームをした頃にはこの点に気づかなかったのだが、大人になってからゲームをして、若い頃にゲームした頃と一番印象が違ったのがリノアの役回りに対する印象である。

心を閉ざしており、周囲に対しても常に距離を取り冷静、時に冷酷に当たるスコールに対して、リノアは根気づよく心を開くように促すと言うかつっつき続ける。「仲間が落ち込んでいる時は根拠が無くても大丈夫だと暖かい声をかけてあげるものだ。」「”悪かったな”の一言で済ませるのは良くない。内心悪いとはあなた実は思っていない。この一言でコミュニケーションをぶつ切りにして距離を取ろうとしているだけ。」「思っている事や感じている事を話してくれないと分からないよ。」「一人で何でも考えようとしないで、不安でも思う事でも何でも相談すればいい、それが仲間だ。」等等。これを幼少時のトラウマで性格が曲がった人間に根気強くやるのは結構大変である。

しかも、リノアの側は常にオープンマインドで本音で接していて、感情表現も極めて素直である。心を開いた場合に幼少時の頃のようにまた傷つく事を恐れている主人公に対して、「心を開いても怖い事はないし安心するように」と言う態度で徹底している。リノア自体が天然であったり、適度にドジで適当だったり、余り頭が良さそうに見えなかったりしてツッコミ所が多い事も、相手が心を開き易い雰囲気を醸成していて、親しみ易さを促して居る。

こう言うコミュニケーションは、実はかなり人間として成熟していないと中々出来ない。まず自分からオープンマインドで心を開いて、自身の欠点等も含めてオープンにして周囲と接するには、自身のトラウマ等を適切に消化していて、「イマイチな面もあるにせよ自分は素でちゃんと価値がある」と言う自分自身に対する適切な評価と自己信頼が必要なのである。

更には、主人公のスコールの心を開く事を、「自分は頼りないから、お願い」と頼りながら相手の顔を立てつつ促して居る。例えば職場においても、こう言うのは結構こなれた上司やシニアでないと中々出来ない所作である(筆者もそこまで成熟したシニアになれているかと言うといささか自信がない)。一見クールに見えるが過去のトラウマ等を上手く対処しきれずに周囲と距離を取っているスコールより、リノアの方がずっと、最初から人として成熟していると言える面がある。

○恋愛の描き方が自然。

上記の結果として、主人公のスコールとリノアの恋愛もかなり自然に描かれている。一見リノアがスコールに頼っていると言う構図でありながら、実際は根気づよいメンター、コーチ兼カウンセラーのリノアと接して行く中で、主人公のスコールのほうが徐々に過去のトラウマを消化していき、徐々に仲間に心を開いたり、仲間の心の痛みを理解したり、リーダーシップを発揮したり、理詰めでなく心の奥底から湧き出る感情、直観、欲求に素直に従って生きる自然な生き方が出来るように成長している。そしてリノアが一時的に意識不明になって失われた時にスコールがそれに気づいて、リノアの大切さを実感する。でもって冒険における試練等を経て、スコールも心を開いて行き、恋愛深まる。こう言う流れを比較的自然に作る事が出来ている。うーん上手い。こう言う流れを作品を作る側が自然に作るのは中々難しいものである。

○主人公の「心内語の描写」の使い方が巧み。

あと本作で面白いのが、スコールの心内語の描写と、スコールの行動のギャップをゲームをする側が楽しめると言う点である。ゲームをやる側は主人公の心内語と表面の行動や発言を両方把握している一方、ゲーム内の各キャラクターは主人公の表面の行動と発言しか知らない、と言うギャップを上手く意識して活用しながら描写を進めて居る。

そしてヒロインのリノアだけはだんだん主人公のスコールの心内語の「本音」部分に物語が進むにつれて接近している。結果として、スコールとの距離感が、ゲームのやり手=リノア<他のキャラ達、と物語が進むにつれてなって行き、恋愛に発展するまでが自然に促されている。この距離感の詰め方が上手いため、ゲームをやる側が「何となく自然に主人公とヒロインが恋愛モードに入っている」と感じさせる事に貢献しており、中々上手い点である。


○大人の描き方が味がある。

例えばラグナやシド学園長の描き方が、大人になると共感出来ると言うか、味のある描き方になっている。また、魔女の設定で、「騎士が居る魔女はおかしくならない」と言うのも含蓄深いなーと思う事しきりである。強力なパワーを持っていても、ちゃんと心を通わせる事の出来る仲間やパートナーが居て満ち足りていれば変な事にはならない、パワー/力だけあって孤独だと暴走し得る、と言う事である。パワーを「マネー」に置き換えるとこの点、資本主義社会における実生活にも結構そのまんま当てはまる。

また、物語のキーパーソンであるエルオーネの言う事がこれまた深い。「過去を見る事は出来ても、過去の事実自体は変える事は出来ない。ただ、過去を知る事で、過去に対して現在の自分がそれをどう捉えるか、位置づけるか、感じるかは変える事が出来る。」と。これは正にその通りであり、「自己の棚卸し」であるとか、心理学や精神分析を用いたカウンセリングにおいてやる事は、正にこれである。


○議論の余地のある設定が奥深い。

例えば、アルティミシア=リノア説など、結構そう考えられる部分もある。例えばアルティミシア=リノアだとして、未来におけるアルティミシア(=スコールと一緒になれなかった時代運行における孤独なリノア)は(過去の時代における)リノアとスコールをひっつけたいがために全ての事をしていた、と考えると面白いし、スコールと完全に一体になりたかったから時間圧縮を試み、約束の地でずっと待っていたのでアルティミシア城がイデアの館にあり、スコールとリノアが一つになれたと言う事を確認して役目が終わったと悟り、倒されるならスコールに倒されたいと言う願望を結局は実現したのかな、と考えると中々面白い。歴史がループしている所は良く考えると何だか破綻気味の面もあるし、まあ話として大風呂敷広げ過ぎてたたみ切れなかったと言う面もあるようには感じられるものの、こう言う解釈を許す余地を(偶然かも知れないが)お話として与えているのは中々良いと思う。


○音楽が何しろ良い

植松伸夫氏万歳。FF8の音楽も氏によるもので、フェイウォンの歌う本作の主題歌、Eyes on meは当時日本ゴールドディスク大賞で賞を取る等の実績を残している。ストーリーや場の雰囲気にばっちり合っている。郷愁を誘うようで、かつ色んなジャンルをミックスしていて斬新さも感じる所が良い。


○まとめ、、、

しかし思うのは、キャラクターの描き方やストーリーでは、ファイナルファンタジーでは7、8、10辺りが秀逸で、その後のファイナルファンタジーについては映像クオリティ等のハード面だけ発達して、ストーリーや上記のような描写の秀逸さと言ったシナリオライティングの面では退化してしまっていると言うか、ハード面の進歩に頼り過ぎてしまっていてソフト面のクオリティが付いて行って居ないように思う。

ファイナルファンタジー13のクオリティの映像で、ファイナルファンタジー7、8や10レベルのシナリオを楽しむ事が出来ればかなり感動出来ると思うのだが、Agitoやヴェルサスはどうなるのだろうか。

素晴らしい音楽を作っていた植松伸夫氏や浜渦正志氏も既に退職している(今後の作品でも外部委託で彼らが音楽を作ると言う場合はスクエニ株にはポジティブだが。。。)。スクエニの株価を考える時は、ドラクエとFFがどうなるかと言うポイントに尽きるので、この点注視したいと思う・・・って、結局株価の話になってしまった。仕事してなくても、これはもう癖なのかも知れない。筆者もこの点、もはや観念するしかないのかも知れない。


(注)誰も参らないだろう。一応一人ツッコミしておく。

2010年5月22日土曜日

趣味の欄のUpdate

(出所:Universal music)

昨今、ちょっと「品行方正」路線で行き過ぎてるかなーと思う面もあったので、趣味の欄をもう少し自然体にUpdateした(Lady GaGa、Trainspottingを音楽と映画で追加)。本名開示しても良い内容で書くようにしているのだが、別に地位も無いし、ヘッジファンドだ運用だと言う商売自体が比較的カジュアルな商売だし、まあいいかと。

Lady GaGaは才能とセンスが凄いあって、尊敬している。作曲する時に、ライブで歌う時どんな衣装着たいかをイメージして曲を作ると。聴覚と視覚がリンクしているんですかと。直観的である。そして音楽の教育も極めてしっかり受けている。裕福な家に育ったがきゅうくつで、ストリップクラブで仕事していた。バイセクシャルである。アンディウォーホルが好きなんだろうなあと言う雰囲気をそこここに感じる。歌詞はそんなに深みがあるとも思えない事もあるが、曲も全体に本当にいい。そこここに知性と才能の光を感じる。筆者が好きな要素を概ねばっちりしっかり押さえて居る。こう言うアーティストは好きである。

ただまあ、環境が急激に変化して、お金の話も入って来てとなるにつれ、精神的に中々難しい局面にあるのかもなーと思う事もある。有名になると中々夜中にClubだかストリップバーだかで服脱いじゃってスプレー缶に火を点けて踊り狂ったり(注)の気晴らしは中々気楽に出来ないだろうし、一方でマイノリティであると言う感覚、精神面でのある種の困難さは抱えている印象も受ける。才能があるとそれはそれで中々バランスするのは大変そうである。

とは言え、仕事をする段階でドラッグは止めたとの事で、この辺の「最後は正気がある感じ」も筆者が彼女を好む理由の一つでもあるし、将来に期待出来る所のように思う(注2)。一見ぶっ飛んでいるように見えても最後の所で常識がある事はインタビュー等のそこここで分かる。欠乏感からアートをする段階から、ゆったりと満ち足りた状態で作品が作れるように脱皮出来るかはまだ分からないが、今後、幸せに作品が作られて行く事を心から祈っている。

Trainspottingは、若い頃を思い出す作品で好きなので挙げておくことにした。若かった頃に、日本の大学も、就職活動も、全て休学しておっぽり出して、NYのClubで日がな遊んでいた頃を思い出す。トランスやテクノのパーティで、最近でもUnderworldのアノ曲を効果的に入れて来るDJが居るが、これをやられてしまうともう無条件にシビれてしまう(そう言う世代なんですな)。

(注)実際にLady GaGaがデュー前にしていた事のようである。中々に若々しくてよろしい。

(注2)ただの変わり者、周囲の注目を惹きたいためのパフォーマンスで奇人、変人の大物ぶるのは簡単だしアートのコミュニティや、企業経営者、金融の世界、あるいは就職活動の学生なんかでもこう言う人もそこここに居たりする。しかしこう言うのは基本線「本物」ではないし、Lady GaGaのような本物と、パフォーマンスだけ、演技だけのその他の違いは、数を見ていると結構分かって来るようになるように思う。本物はあんがいまっとうで、かつ普通と言うか自然体である。

2010年5月15日土曜日

トイレ掃除

(出所:住生活HD)

尊敬していて、筆者もほんの微力だがお手伝いをさせて頂いている起業した知人が、毎週自分の家とオフィスのトイレを自ら掃除する事を日課にしていた。筆者もそうしてみる事にした。中の水が溜まっている所はブラシでやるが、それ以外はトイレ掃除用の除菌ティッシュで手で拭く。

うーん、これはすごい。心まできれいになる気がする。そして、ものごとにきれいも汚いもないと言う事を知る事が出来る。終わるとちょっとした達成感に包まれる。運気が確実に上がる感じだ。また、トイレをきれいに使うような気遣いが自然に生まれる。これを掃除のおばちゃん等にさせているのは、実はもの凄い勿体ない事なのではないかと言う気もした。筆者も社会人をして随分経つが、今の今まで毎日トイレを磨く習慣が無かった。恥ずかしい限りであるし、何歳になっても人生は新しい発見があるものだと思い知らされる。

ここしばらくの株価チャートを見るとすごい事になっている日本電産なども、永守社長自ら範を示して、トイレ掃除を社員にやる事を勧めて居るとの事だが、自分でやってみてその意味が何か分かるような気がした。毎日始業15分前に来て、トイレ掃除をちゃんとやれば、それはもう立派なビジネスパーソンに育つだろうし、何千人、何万人の社員が全員その心がけを持って居たら、それはもう間違いなく強烈に運気の良い会社になるだろう。

自身と労働市場の近況、カヒロア、その他

さて、近況アップデートである。

外資系バイサイドの仕事で殆ど決まっていて最終意思表示だけ、と言う案件があったものの、先方には恐縮だが辞退申し上げる事にした。年収もそんなにまあ良くもないが取り立てて悪くもなかったし、先方が急いでいたので条件面も比較的交渉の余地もあった。昔の職場の知人も働いており、そう言う意味でも取っ掛かりは悪くなかった。

しかし、「もう少し海べりでゆっくり今後を考えるのも良いと思ったので」辞退してしまった(関係者の皆様、大変に恐縮ですが、何卒ご理解賜りますと幸甚です)。ギリシャ危機等も起きて相場がまたぐだぐだしているし、ヘッジファンドの採用もちょっと動きが遅くなってしまっているし、場合によってはようやっとPicking upし始めていたジョブマーケットが再び萎んでしまうリスクも感じたが、「何となくの直観」に従う事にした。

その翌日に、ひょんな事でハワイのボディマッサージ法の「ロミロミ」「カヒロア」等をされている方と知り合いになったかたにカヒロア(注)をお願いした。寝ている状態と覚醒の状態の間のような感じになり、アルファ波が適度に出ている感覚に上手く誘導して貰える感じで、ヴィジョンと言うか夢のようなものを色々見る事が出来、かつ非常にリラックスする事が出来たんだが、彼女が「メッセージを受け取った」そうだ。曰く、

「あなたは無から有を作る事が出来る人です。それを色々な人に伝達して、楽しんでもらう事が出来ます。そう言う才能がある。また、新しい時代に適応出来る適性があります。過去においては、論理と競争が中心の社会で、現在は直観と調和の社会への過渡期にあるが、その対応が既にかなり出来つつある人です。比較的理詰めで考える部分もあるのかも知れませんが、心の底から湧き出る直観に身を任せると良いと思います。」

との事。なるほど。確かに金融業はマネーと言う概念を繰って商売する職業であり、形は全くない。完全に「無から有」である。しかし、直観と調和の商売なのかと言うと、金融の仕事は「論理と競争」の商売である部分も相応にある。完全に働き方を変えた形で金融業界に復帰する、と言う事かも知れないし、全く別の商売になるのかも知れない。ヴィジョンとしては、教会みたいに天井の高い、陽当たりの良い全面ガラス張りのオフィスで、緑や海が見え、友人や若い女性とお菓子をつまんだり外のオープンテラスでノートPCをいじりながら投資対象?仕事?の話をしている絵が見えたが、現状よく分からない。カヒロアを施術頂いた彼女によれば、「物事が実現される経路はよく分からないし比較的唐突で意外な状況で実現する事が多いので、余り深く考える必要はない」との事である。まあ確かにそうな気がする。

しかしまあ、採用を断ってしまったので、また当面「昼間っからビール飲んで、たまに友人の事業の手伝いしたりののんびりライフ」が継続である(笑)。まあ、たまには中々悪くない。

皆様、良い週末を。

(注)こちらのサイト参照。日本もそうだが、ハワイも比較的、パワーが強いと言うか、「気」の強い場所だなと思う。

2010年5月12日水曜日

紙ナプキンで一筆書きのプレゼン、セクターローテーション、諸々



彼は店員さんに、紙ナプキンと筆記用具を貸して貰った。プレゼンの下書きからだ。まずはタイトルを簡単に書き込む。ブルーシールドキャピタルと言う名前なので、取り敢えず青が基調だ。

「おおっ、パワーポイントを意識してるもしかして?ムダに何かそれっぽいっ!しかも勝手に、ワタシが言った通りのハイパーインフレーテッドな大仰なタイトルが図々しくもキミに付いてるでわないかっ!でかしたぞキミ!」

お褒めのお言葉、有り難く頂戴します姫様。彼はうやうやしく答えた。

「ワタシ学生時代には論文の発表とかでプレゼンしてたけどそれ以来で、ずーっとプロップだったからさ、この10年、外向けにプレゼン作ったりってあんまやってないんだよ。キミ、もしかしてパワポ得意?」

まあソコソコだ。運用やアナリストしながら顧客対応とかコンサル対応もしてたから、こう言う粗品を作るのは結構慣れている。いつでも頼んで欲しい。

「あともしかしてキミ、形から入るタイプ?例えばスポーツやるぞーって時、まずジョギングウェアと靴をいいやつ買って運動しないっぱなしとか。家でDVD観る時とか、独りの時でもテレビの前のリビングテーブルにDVD、お酒、グラス、軽食、とか完全に準備して”おし、完璧な週末だ”とか独り言言ってソファでニヤニヤしてるタイプだ。プレゼンは必要な時、また頼んじゃおっかなぁ。」

スポーツとDVDの話が余りに図星だったので彼は一瞬言葉を失ったが、彼は余りに完璧に映る彼女に対して何かしら貢献可能な分野があった事を喜んだ。物事は概念をこうして形にする事から始まるのではないかと思うんだ。彼は次のスライドの絵を書きながら彼女に応じた。

「おお、セクターローテーションね。ジム・クレーマーの。彼のReal Moneyは良く出来た本だよねぇ。まあお約束と言えばお約束だけど、ファンダメンタルベースの株式ロングショートやるなら、大事な基本よね。」

その通りだ。彼は説明を始めた。セクターローテーションを日本で適用するとこうなる。日本の場合、日本株自体を海外景気センシティブな景気敏感株みたいな感じで捉える必要がある。
まずグローバルで不況になったりなんかして金融緩和がなされる。そのうち海外景気の回復で生産稼働が上がるので、輸出関連株が戻る。それに遅行して設備投資が回復する。実際には設備投資関連の株価は輸出関連株とほぼ一致して上がり始める事も多いように思うけど。
そして輸出と投資が戻ったら、雇用回復や賞与の回復等が伴って来て消費が戻るからそろそろ内需。百貨店とか小売関連は、パッと見月次とかまだボロボロで証券会社が悲観的なレポート書いていてもこの頃には買っておかないといけない。あとユニクロやニトリみたいなデフレ関連銘柄はこの頃には「不況耐性が強い」とか言われて評価され切ってるから外さないといけない。景気の終わりの方はインフレ期待入るからコモディティ関連なんかもいい。日本企業では商社なんかがある。
でもって最後にディフェンシブで、景気後退。またユニクロやニトリや100円ショップの時代と。
キミも指摘してくれた通り、日本株には上昇トレンドが無くてシクリカルだから、まずはこう言う循環を短期間でキチッと捉える必要があると思う。まあ、市場参加者はこの位は皆意識している戦略だから、これ自体でそんなに儲けられるとは思って居ないけど、平常時の定番、基本動作。こう言うトップダウンのビューを持ちながら、住宅着工や小売の月次等の統計をチェックしたり、個別企業の取材をして行ったり、上からと下からのサンドイッチで景気とマーケットの全体感を掴んで、それに乗る。
後は株価自体を指標にしたりするのもいい。例えば米国のティファニーなんかの株価が上がり始めていれば、米国の小売は戻って来ていると考えて良いし、だとすれば日本から米国への輸出も勿論戻るねとかそう言う考え方が出来る。
アナリストと言っても僕はジェネラリストで、特定の業界に非常に詳しいとかは無いし、結構トップダウンビューが混じっているけど、これが僕の基本だった。中央銀行の金融政策なんかをキチンと観ているのは債券の人だけじゃなくて株式運用屋にも重要と思う。マクロ経済を全く知らないで、「ピュアボトムアップだから」とか言っているアナリストやファンドマネジャーを、僕は信用していない。
それにしてもキミにこう言う事喋ってると、釈迦に説法だしもの凄い気弱で不安になるよ、何だか。彼は最後に不安を吐露した。

「まあそう不安がらずにさ、気を楽に楽に。多くを期待されてないんだから、ちょっと気の利いたアイデア出せれば全部加点法、ポジティブサプライズなんだしキミは。」

左様ですか、了解。彼女は極めて優しいんだが、一方で時折言う事がみもふたもない。

「そうねぇ、大切なポイントとしては、別に完全オリジナルの投資ストラテジーである必要はないって事。芸術だって科学だって、過去の膨大な蓄積に、ほんのちょっと新しい事を乗せる、みたいな発明は多いものよ。だからまずはジム・クレイマーでも誰でも、パクりも良いんじゃないかな。基本動作として適切だとも思う。」

まあそんな所だろうと思う。

「後はワタシとのコンビの組み方としてもフィットしてるやり方かも知れないね。日本株の運用で、キミ以外にアナリストとかセクタースペシャリストとか色々配置する事は予算配分上、ワタシは考えていない。さっき言った通り、キミは一人SOHOオフィスでお留守番か、せいぜいセクレタリのパートのおばちゃん一人位は雇おうみたいな話になると思う。だから、”低予算対応モード”なのも良いと思う。これなら"一人SOHOお留守番オフィス"でも何とかやれそうだよね。トップダウンである程度調査対象を絞ってしまえば良い訳だから。」

確かに、過去の彼のキャリアでは、大手の運用会社にあるような重厚なリサーチインフラを使える事に慣れてしまわないようには気をつけてはいた。Valuation Modelや財務データやスクリーニングのツール等も、大手だと社内でデータベースやテンプレートがあったりするものだが、可能な限りグローバル共通のプラットフォームであるBloombergと後はエクセルさえあれば大丈夫なようにしていたし、「限りなく少ないリソースでも調査から運用まで完結出来る」と言う事は彼はかなり意識していた(注2)。彼女の返事を聞いて、取り敢えず彼は安堵した。

「じゃ、セクターはこんな感じで回すとして、後は後は?例えば月並みだけど、時価総額別とか、バリューとかグロースとかに関するキミの考え方をおさらいしておきたいな。」

彼女の「運用力把握テスト」はまだまだ続く・・・。


(以下、注釈)

(注)ジム・クレーマーの書籍は以下。多くのかたにお勧めしたい。


(注2)職種は一緒、会社は転々とする「ファイナンス/インベストメント傭兵」のささやかな知恵ではある。学生さんや、若いプロフェッショナルの読者諸兄様におかれましては、ご参考までに。

2010年5月11日火曜日

宮本武蔵相手にどんなゲームプランを言えばいいのか、比較優位、トレーダー講座

しかしゲームプランについて語る段になって彼は困った。

マーケットで圧倒的に成功して来た彼女に説明出来るようなご高尚なゲームプランなど彼は持ち合わせて居なかった。彼女のブラックボックスモデルの方が格段に優れているに決まっている。だから彼女は20代で米系大手投資銀行の社内ヘッジファンドのグローバルヘッドになっていて、彼は極東の東京で一兵卒なのだ。

マーケットの仕事をやっていると、話している相手の力と自分の力の強弱関係はよく分かる。仮に名刺を貰って居なくても、運用力テストの辺りから、実力の差が明確なのは、彼は十分自覚していた。

彼女と違って、彼は「外部サプライヤーにも任せない、実際に巨大なリターンをもたらしている完全シークレットのトレーディング戦略あるいはリスクモニタリングシステム」と言ったものなど持ち合わせては居なかった。投資やトレーディングに関して一通りの知識はある。個別企業の分析を中心としたファンダメンタル分析も出来る。マクロ経済も分かる。チャートだって見ている。確率統計についての素養も一通りあるし、教科書レベルであれば株以外の、為替や債券、デリバティブやクレジット市場の議論も出来る。顧客説明等の際にはそう言った知識を披露して信用を得る事も出来る。しかしどれも教科書の範疇から大きく出るような代物ではない。「本当に強烈に儲かる上に市場参加者で知る人が居ないから、顧客に説明するのもはばかられる」ようなものではない。

しかも彼女の場合、ロジックやプログラミング、マネジメントとしての能力だけでなく、極めて右脳的、直観的な素養の高さも伺われ、かつ直観・理想倒れでもなく実務的でもあった。これらの面でも彼が太刀打ち出来るとは到底思えなかった。彼女の出して来た運用に対する条件例えば銘柄数や流動性の条件、またインフラや会社の建て付けに関する話(例えばコアのシステムやリスクモニタリング等のキモは彼女が独占的に集約し、それ以外を権限委譲すると言うバランス)は極めて実務的で如才なかった。また注意点の所で「マーケットの夢を見た場合も報告しろ」と言う事は、本人も夢をマーケットの運用やあるいは運用システムの開発に活用していると言う事を示唆する。一緒に仕事したらもの凄く仕事がし易そうで、実務的な処理も円滑そうで、かつ感覚的でクリエイティブな仕事が出来そうな事は、容易に伺えた。彼にここまでやれる自信は無かった。

彼女の感性、あるいは存在自体が、稼ぐ事に対する自動追尾ミサイルのようになっている事を彼は感じた。彼女がリターンを稼ぐ時、恐らく力んだり頑張ったりする必要はない。彼女には力みが全く感じられない。無意識にボタンを押せば、パトリオットが自動追尾でミサイルを撃ち落とすように、マネースポットに行き当たる。犬も歩けば棒に当たるように、彼女が歩けばリターンに当たる。この業界には、時々そう言う、天賦の才を感じさせる人が居る。明らかに彼女はその一人のように感じられた。言ってみれば、彼女はヘッジファンドの世界の宮本武蔵みたいなものだ。

宮本武蔵に無闇に斬り掛かる侍は居ないし、無闇に斬り掛かってあっけなく切られてしまうのは基本線シロウトだけである。彼も一応、自分も修行をしていて、「飲み屋かどこかで、"あんだ〜こいつ〜スカしやがって〜。てめえら、やっちまえ〜!"とか宮本武蔵に斬り掛かって切り捨てられるチンピラ」辺りよりはマシであると言う自負はある。しかしまあ、「宮本武蔵がひとかどの人物であると認識していて、礼節を持って話の序盤で決闘するけど負けちゃってエンディングの頃には視聴者からも覚えられて居ない、そんなに主要キャラではない”うんたら流”(剣法の流派)の侍そのC」位の役回りであると言う自覚もあった。彼女に対して、自信満々にどうだ凄いだろう等とゲームプランを語る事が無謀である事位は分かる。どうしたものだろうか。

「どひたの?」

彼の心配をよそにして、彼女はクランベリージュースをストローで飲みながら、どうにものどかな具合に「し」が「ひ」に変化しながら彼の顔を覗き込んだ。彼は仕事の話に付いて行くのが一杯一杯ですっかり穏やかな春の陽気の海べりを楽しむどころではなくなっている一方で、彼女の気分はあくまで夏の萌しの海べりであり、それを楽しむ休暇中のようだった。彼女の間の抜けた「ひ」の具合やストローでジュースを吸っている仕草はとても可愛く、デートオプションを確保出来た事はビッグポジティブサプライズだったが、そろそろ実力の差が明確になって来てやっぱり採用無し、と言う事になるんじゃないか。彼は段々不安になって来ると共に、”デートオプションの付与”の提案がどれだけ無茶な話だったか段々冷静に理解出来るようになって来た。どう考えても釣り合わない気がして来た。

「いや、プラチナムスタンレーの稼ぎ頭だったプロップトレーディング部門でグローバルヘッドをやっていたキミに向かって披露出来るような、洗練されたゲームプランだのStrategyだのEdgeだのを持ち合わせてなくて、何を話せば良いのか、頭が真っ白だ。正直、キミにとって何か付加価値のあるようなアイデアを僕から提供出来るとは、全然思えない。キミは資本主義の世界の中心で稼ぎ頭をしていて、僕は資本主義の片田舎で一兵卒をしていたに過ぎない。」

彼は正直に告白すると、彼女は人差し指を唇に当てて考え込み、う〜んと唸った。

「まあまあ落ち着いて。ちょっとプライドを傷つけてしまう物言いになってしまうかも知れないけど、ワタシはキミにそんなに期待してはいないのよ。キミから聖杯のような投資戦略が出て来る事はそんなに期待してない。」

彼は神妙な面持ちになった。ほっとするような、がっかりするような、何とも言えない気分だ。

「それにワタシだって神様じゃない。こうして日本語もネイティブで話せるし日本には比較的良く来るけど、日本株をそんなに細かく見ている訳じゃない。楽天の通販で買い物位はするから楽天の銘柄コードはたまたま覚えてたけど、キミみたいに取材している訳でもない。ニューヨークの生活も長いし、日本の政治や流行なんかもそんなに詳しくない。アメリカ人のトレーダーなんか、ひどいもんよ?円安傾向だって言ったら条件反射でトヨタやソニー買って、円高って言ったら内需だって言って日本のメガバンクなんかを買おうとする。でもトヨタやソニーの今期の業績予想すら知らないし、メガバンク3行の名前を全部言えなかったりする。それでもびゅんびゅん売買している。そんなもんなのよ。」

案外そんなもんだと言う面もあるのは確かに聞いた事がある。

「よし、ゲームプランとか、エッジとか言う時は、絶対優位じゃなくて、比較優位で考えようか。」

彼女は思いついたように言った。

「例えばワタシの能力が、クオンツ80、トレード能力70、株式調査能力60、日本への理解60、美貌70、若さ70。キミの能力が、クオンツ40、トレード能力40、株式調査能力55、日本への理解55、美貌30、若さ50だったとする。ワタシの美貌がやたら高くてキミの美貌が低いのはまあ、数字のアヤだから勘弁するように。キミには”デートオプション”と言うスペシャルなベネフィットを付与したのだし、そう見るに耐えないとは思ってはいないと言う事で納得したまえキミ。で、あらまあ、キミはワタシより能力が上のものがずぇんずぇんないと。ワタシはそうは思わないけど、キミが今悩んでるのはそう言う事だよね?」

そうだ。彼は頷いた。

「で、経済学だとこう言う時に、劣位に居るキミはどうすんだっけ?」

比較優位、つまり絶対値では劣っているものの、彼の能力値の中では一番秀でていて、かつ彼女との比較でも能力が肉薄している「株式調査能力」「日本への理解」に特化して、彼女と取引する事だ。彼女も「株式調査能力」「日本への理解」はそれなりに高いが、それより更に高い能力を持つ「クオンツ」「トレード能力」「美貌」「若さ」を活用する方に特化した方が彼女もより効率が良いので、絶対値では劣っていても僕に「株式調査能力」「日本への理解」の部分はアウトソースして任せるインセンティブがある。

「その通り。絶対比較で自分と他人を比較すれば、そりゃ上には上が居るよね。そこで”自分が一番秀でて居る訳じゃないからEdgeじゃないし意味無い”みたいに考えてしまうと、発想が前向きになれないのが良くないと思うのよ。実際、ワタシだって数学やクオンツの能力自体は一番凄い訳じゃないし、本当に優秀なクオンツは投資銀行何て行かないでノーベル賞を取る訳。もっと優秀な物理学者やプログラマは沢山居るのよねぇ。コンピュータは二進法だけど、実際には物事はゼロかイチかではない。別に一番じゃなくても価値はあるし、Edgeと言っていい。自分が相対的に好きな事、得意な事を伸ばせば活路は拓ける。比較するべきは他人と自分でなくて、自分自身なのよぉ。自分の中で何ならやれそうか、何が好きで続けられるかと言う所にある。相場にもそれは言えるとワタシは思うのね。」

・・・なんだか、彼女の方が年上で、経済学の先生に諭される学生みたいな気分になって来た。立場的にはまあ、そうなんだが。

「だから、キミ的に”こういうアプローチは好きだしフィット感がある”"もっと凄い人も居るかもしれないけど、オレはこう言うスキルや経験があるからこの戦略ならいけそう"とか、そう言うので全然構わないのよ。そうやって話し合って、勝てる運用に一緒にしていけばいいと思うのね。キミもまあ、全くのシロウトじゃなくて、まーまーのプロなんだし。例えばキミのスキルをワタシのクオンツ能力やトレード能力で強化出来るかもひれないひ。」

小振りで瑞々しい唇に付けたストローで、クランベリージュースをもう一口彼女は吸い、最後の方はやっぱりどうにも間抜けな具合に「し」が「ひ」に変化しながら彼女は当たり前のように言った。

そうか、それでいいのか。それなら大丈夫かも知れない。彼女の思考は地に足が付いて前向きで、何より人の心を癒す効果がある。「癒し系投資銀行のトップ」「癒し系トレーダー」なんて、本当にレアな才能だと彼は思った。そんな人間に、この業界に居て今まで出会った事がない。

良い人は良い人なだけで稼げないし、稼ぐ人間はストレスのせいで往々にして人格なり私生活なりが破綻している。どちらかだった。言ってみれば、「良い人」「稼ぐ人」はトレードオフの関係にある。あちらが立てばこちらが立たず、と言う事だ。実際、彼自身もこの両者の間でジレンマを感じ続けていた。

稼ごうと思うと、良い人では居られない。もっと上を目指さないといけない。厳しい競争に勝たないといけない。そうしてキリキリしている中で、彼の私生活も知らず知らずのうちに段々浸食されて行った。

結婚と離婚もその流れの中にあった。美人だが周囲に対する見栄や浪費の傾向が強い女性と結婚した。しかし結婚して直ぐに、彼女にとって男とは、金づる、あるいは「稼ぐ優秀な男を連れている」と言う、セレブである自分を彩るアクセサリー程度のものでしかない事に彼は気づいた。実際の所は、彼の金づるとしての能力も、優秀さの度合いも、彼女の極めて高い、しかもある線を達成しても直ぐに無限にステップアップされて行く期待(ないしは欲望)を満たすものではなかった。そして結局は結婚生活も上手く行かなくなった。
しかし彼自身、美人を横に連れていたいと言う見栄もあったし、派手な美人を連れる事をモチベーションにして稼げると思って居た面もあった。言ってみれば、彼自身も離婚した女性と似た者同士、自業自得だったとも言える。スーパーの特売チケット収集するような、ジミで冴えない女と付き合うなんてごめんだと思って居た。離婚した相手だけを責める事は出来なかった。

やはり、稼ぐだけで私生活や人格が破綻する人生が幸せだとはとても思えない。彼は前妻と離婚し、前の会社もクビになった時、離婚費用等で金銭的には「スタートに戻る」の状態になってしまったものの、内心ほっとしたのを良く覚えている。やっとこのジレンマから解放される、と。

結局彼の人生は、「人としての幸せ」と「競争に勝って稼いで金銭的に成功する事」の間のトレードオフのジレンマを行ったり来たりしているうちにこの10年余りが過ぎて行ったと言う事になる。彼女と話をしながら、彼はその事を自覚した。

一方で、彼女はそんな「良い人」「稼ぐ人」のトレードオフなど全く関係のない世界で生きているようにも見えた。つまり「普通に良い人で、マイペースで、かつもの凄い稼げる」である。彼女はそう言う価値観にこの10年間集中して来た事で、現在の成功を収めているのだと言う事を彼は感じ取った。また、良い人か稼ぐ人かのトレードオフで振り子が右へ左へ触れながら迷っていた彼が一兵卒で、一つの価値観に完全に集中していた彼女がヘッジファンド界の宮本武蔵である事も、当然のようにも彼には思えた。分散なんてクソくらえであり、何がしかの人間になるにはやはり集中なのだ。イチローも、ジョージソロスも、ウォーレンバフェットも集中して来たように。

何だか彼女と一緒に居るだけで、立派な投資家になれてしまいそうな気すら彼はだんだんして来た。教育指導されながら、100本も運用させて貰った上に給料貰って良いのだろうか。

「別に他人と比較して一番じゃなくても価値はあり、Edgeと言っていい。自分が相対的に好きな事、得意な事を伸ばせば活路は拓ける。比較するべきは他人と自分でなくて、自分自身。相場にもそれは言える。」

彼にとって、彼女のこの発言は目にウロコであった。彼はマーケットの中で優位に立つ事、他人に勝つ事で頭が一杯であった事に気づいた。真っ白だった彼の頭も冷静になり、話すべきゲームプランが少しづつ浮かんで来た。

彼女は自身が優秀であるだけでなく、他人の能力を引き出す力まで持っているように思われた。お金を払ってでも彼女のもとで「トレーダー講座」を引き続き受けたいと、彼は思うようになった。

「おお、キミの心の中で色々と化学反応が起き始めて来ているみたいだねぇ。それはまたごっつう良い事ですな。少し話を聞かせて欲しいなぁ、ダメ?」

「〜ねぇ」の「縁側おばあちゃん調」、「〜ですな」の「新橋おやじ調」、最後に「〜ダメ?」の「可愛いらしい年齢相応の彼女調」を立て続けに繰り出されると彼は気分が良くなり、彼女のお陰で「夏の萌しの海べりの休暇」のリラックスした気持ちに戻る事が出来た。
分かった、ちょっと説明を試みてみる。彼の心は弾んだ。アイスティーの氷が、かららん、と爽やかな音を立てて、扉の外から飛び込んで来る陽光を反射してきらりと光った。

2010年5月9日日曜日

「運用力把握テスト」、フリンジベネフィットはxxxオプション。

扉の外で揺れる小さなヤシの木と、穏やかな潮風にまるで相応しくない話になって来た。

酔いを醒まして、真面目に話す必要がありそうだと彼は悟った。


「しかし問題がある。僕は100本も運用した事ないんだ。片手で100本ならショートも含めてグロスでは200本と言う事になる。一日で何千万円とか1億円単位でPLが動くのは、僕にはToo muchだし、間違いなく過剰な負担になる。最初はもっと少ない額で始められないか。」


彼はパンツの色に興味があった事と同様、運用の問題についても彼女に正直に話した。相手にとってリスク要因になる事は先に報告しておかないといけない。


「キミは本当に正直だねぇ。今までハッタリで沢山やらせてくれとか言って穴空けて即クビにした人結構居るのにねぇ。謙虚なHumbleジャパニーズって感じだねぇ、いいねぇ。まあ投資銀行業界に入る日本人には色々居るけど、キミみたいに素直で投資銀行に向かなそうなザ・ジャパニーズの職人は、真面目で使い易いのがいいのよねぇ。ワタシの目に狂いはなかった。社内の多くは英語圏の人達だけど、大丈夫だよね?ワタシの瞳の色とか雰囲気見て、キミ最初に英語で話そうとしたよね。キャリアも多分外資系のバイサイドなんかを経てヘッジファンドだ、そうでしょう?別に英語はネイティブじゃなくていい。第二外国語で英語を話している人も多いから。ワタシと話すときは日本語でいいけど、あとはブロークンイングリッシュが世界共通語・・・ダメ?」


その通りだったし、そう言う状況には問題は無かった。なんで分かるんだろうと彼は訝しがったが、これも”書かれるそばから読まれて行く”なんだろうか。さらには彼女の弁によると、運用サイズの話は問題無いと言う。慣れるまでは満額張らないで始めて、徐々にキチンとやればいいと。また彼女と一緒に居ると自然と大きな額を取り組んでも平気になるから安心するようにと言う。彼は直ぐには意味が理解出来なかったが、構わずに彼女は続ける。


「よっし、では運用の具体的な所にはいろうかねぇ。まず、こちらの希望としては、キミにカリスマティックなリターンは期待していないのね。キミがワタシのパンツに当初大した期待を持って居なかったのと同様、ワタシも日本株の運用、あるいはキミに対して大した期待はしていない。なんせ日本はGDPが伸びない国で、高齢化が一気に進む国だし、他の国の株式市場みたいに株価に上方バイアスもない。シクリカルで行ったり来たりで、過去のバブル崩壊後からで見ると美しく下方バイアスがかかっている。借株やオプション市場もそんなに厚みがあるワケじゃない。ロングバイアスにしておけば基本線ベータのお陰でリターンが出るアメリカや新興国の市場とは違う。基本的に二桁のリターンを上げるには不利なマーケットである事はワタシも認識しているのよねぇ。」


本当にその通りだ、良く理解していて、助かる限りだ。


「だからまず大ヤラレしない事。年率で−10%以上はやられて欲しくない。あとは、リアルタイムで香港からキミのポジションもトレードも全部ワタシに見えるようにするのと、日本市場の情報を適時に香港のワタシに報告する、これに同意する事。トレードのインフラは香港からこちらが提供する。キミは日本にオフィスを作って、そうねぇさしずめ"Investment&Research Director Representative of Japanese research desk"みたいな肩書きになる。何だか凄そうでしょ?日本の一人SOHOオフィスのお留守番って意味だけどさ、まあ怒らずに。たまに遊びに行くから。」


「あとコンプライアンスはちゃんと守る事。日株の中小型株中心のヘッジファンドでインサイダーまがいの事やってる所もあるけど、アレはやめて欲しい。キミに多くを期待していない事と合わせると、リーガルリスクやレピュテーションリスクを取ってまで儲けようとしてもリスク/リワードが釣り合わない。キミに期待するのは、強烈に稼げと言う事ではなくて、何だかだ言ってもGDPで世界2位、中国に抜かれても3位の日本市場をキチンとモニターする事なのね。ワタシの希望としては、セルサイド以外の、直接マーケットに触れている情報網を自社で持っておきたいと言う事ね。ここまではOK?」


大丈夫だ、大きく稼ぐのは才能が要るが、損を抑えるのはスキルと規律があればやれる。それ以外の部分も極めてリーズナブルな話だ。彼は応じた。


「アセットクラスは、、、キミの専門はえーと、日本株のロングショートだったか。日本のヘッジファンドである程度流動性と規模があるのは、まあそれだけだからねぇ。日本株については基本線キミがメインで担当、と言う形にしようと思っているし、当面それでやって貰えばいいかなぁ。銘柄数は任せるけど、あんまり分散し過ぎない方が良いんじゃないかとは思う。30−40銘柄が独りできっちりモニター出来る限界よねぇと思うし。でも1銘柄で20本以上集中的に投資するか、5%ルールで大量保有報告が出る規模の投資をする場合は事前に相談してくれると良いかな。余り5%ルールには出たくないな。流動性も確保しておきたいし。過去の出来高平均の30%を1日分として、10日以上Exitに時間がかかるようなポジションは相当自信がある時以外は取らないで欲しいな。それ以上ポジション取る際は要相談ね。その他、外株とか、為替や不動産等の違うアセットクラスを手掛けたい場合は随時言ってね。全体で見てポジションが重複したり、社内で逆のポジション取ってるマネジャーが出て来たり、全体で見た時にポジションが偏ってしまったりの際の調整が必要だし、インフラやファンドの建て付けの面での調整が必要な事もあるから勝手にやられると困るけど、面白いトレードアイデアなら可能な限り対応するよ。」


了解、仰せの通りに。どうやらブルーシールドキャピタルとして、グローバルで相当な額の運用を始めるつもりで、日本株のヘッジファンド部分はごく一部のようだ。まあほんの一部じゃないと、初対面で一声で採用決定なんて事、有り得ないだろう。全体として、ソコソコ真面目にやってくれる人ならそれで良いと言う雰囲気だ。


「そう、その通り。オフィスをグローバルにあちこち展開する時に何が大変って、運用が上手いとか非常に優秀な人を探す以前に、不正をしないとか、毎日対面で目を光らせてなくても一人でもソコソコ真面目に仕事してくれるとか、”取り敢えずこの人に任せておけば変な事にはならないだろう”と言う所を担保出来る、人間的に信頼出来る人を捜すのがまずは大変なのよぉ。見た所キミはむっつりすけべには違いないけれども、パンツ見たかった事も白状する位に何事にも非常に素直で正直で安心出来る。それはキミの素晴らしい点だから大事にした方が良いと思う。・・・で、次にリスクモニタリングなんだけど、どうしようかなぁ。ベキ乗則って分かる?フラクタルは?」


なるほど、正直さを評価して一声100本なのか。彼はその点は理解したが、一方で困ってしまった。フラクタルって、彼女は物理学、クオンツ出身なのか?ナシームニコラスタレブやマンデルブロの書籍は読んだし概略どう言う議論かは分かるが、彼は文系出身であり、運用も、比較的アナログな手法の個別取材に基づくファンダメンタルベースのロングショートである。数学や物理にはそう明るくはない。プログラミングもExcel VBA位なら出来るが、クオンツの専門家ではない。しまったなと彼は思う。彼は少し考えて、自分がクオンツには余り詳しくない事を彼女に伝えた。


「申し訳ない。エレガントさには欠けるけど、普通のモダンポートフォリオ理論とボラティリティに基づくリスク管理をちょっといじる感じのものしか作れない。例えばVIX指数が低位安定でボラティリティが低くて金融緩和が続いていたのが終わりに近づいていて利上げも近いかな位でマーケット参加者のリスクアペタイトが高まり切っている時には、ボラティリティがジャンプして銘柄間の相関が1になって一斉に株価暴落みたいなケースを想定してやや保守的に運用する。ボラティリティが非常に高くて、クレジットの環境もひどくて、株価も凄い勢いで落ちていて皆総悲観の場合はそのままのボラティリティを採用するか、状況によってはボラティリティが落ち着く事を想定してポジションも見た目のリスク管理ツールが示すよりも多めに取って勝負する。そんな感じでやって来た。これだと上昇相場の時にリターン取り逃すリスクがあるのと、VIX指数の頂点、つまり市場の混乱のどん底を見誤ったりすると結構ヤラれるリスクがあるんだが、そこはその時に随時相談させて欲しい。」


彼女はうんうんとゆっくり頷きながら話を聞いている。話を聞くのも彼女は上手い。場所が穏やかな海べりだからかも知れないが、長い話でも遮らず、相手が言葉の選択に迷っているような場合も言葉が自然に出るのを待って最後まで聞く。彼女のユルい雰囲気も、こちらが思わず沢山喋ってしまう事に貢献している。話せば聞いてくれそうな雰囲気なのだ。この業界にはもっとせっかちな人間も多いので、彼女は珍しいタイプのようにも彼は思う。彼は思わず、更に続けた。


「この位のリスク管理なら、ブルーンバーグで株価ダウンロードしてRって言う、S-PLUSと殆ど同じ動きをするフリーの統計プログラミング環境を提供するソフトウェアに吸い込んで、簡単なプログラミングをして行列計算すればそんなに難しい話ではない。後は普通に、ポジション取る前にボラティリティとタイムホライゾンを考慮してロスカットポイント・最大損失を計算しておいて忠実にロスカットを遂行するとか、1行メモで良いから投資理由をきちんと書いておいてその仮説が崩れたら即ポジションを閉じるとか、過去のトレードはちゃんと記録に取っておくとか、彼女も言う通り流動性リスクは余り取らないとか、そう言う基本的なリスク管理になる。今までの会社ではリスク管理やクオンツの専任者がいて彼らがツールを開発していたし、僕はその辺については基本的な素養しか持っていない。年率で-10%以上やられないためのリスクモニタリングについては、一兵卒の出来る事はこの程度が限界だ。」


彼はポジション管理について思う所を素直に話した。


「了解、まあ合格点かな。Rでプログラミングして自分で簡単なリスク管理の仕組みを作れる、キャッシュエクイティのデヘデへ選手がボラティリティにベットする感覚があると言うのは少しポジティブサプライズで安心感あって良いねぇ。ザ・文系のボトムアップアナリストガイの割には渋いよキミ。フリーソフトで100本運用のリスクマネジメントをやると。オプションじゃないしキャッシュエクイティだけどポジションサイズでボラティリティにベットすると。面白いねぇ。海べりで思わぬ拾い物をしたかも知れない。」


「そうそう、ExcelやRで作った関数やプログラミングのソースは全部ワタシに公開、説明してと言われたらラインbyラインで説明出来るようにしておいてね。社内でこう言うのをブラックボックス化する社員はワタシはどんなに優秀でも雇わないようにしているのよぉ。社内の風通しが悪くなるし、こう言うブラックボックスを作っては政治的な武器にして年収ボったくろうと言う人も多いから。あとはいちおうこっちでもグローバル運用全体の視点からリスク管理はするつもりだから、何かあったらこちらからも連絡するね、これでいいかなぁ。」


文句は無い、言わんとする事はよく分かる。別に僕のつたないプログラミングなんて彼女に見せても減るもんじゃないし、彼女からすれば全部既知の事だろう。本部のグローバルワンポートフォリオとしてのリスクモニタリングと、日本株運用に限った手許のリスクモニタリングでダブルチェックが利くのは良いと思う。彼は同意した。


「あと香港本部のグローバルリスクモニタリングシステムはブラックボックスで、キミのIDだと恐らく見られない事になると思う。キミのPCは勿論香港のイントラネットに接続されるし、社内の各種お知らせは見る事が出来るけれども、グローバルのポジション管理システムはワタシ一人で全部開発する事になる。外部委託もしないから、本当にワタシ以外誰も知らない。ここは少しフェアじゃない事は最初に断っておかなくちゃいけないかな・・・これじゃ、ダメ?」


彼女の「・・・ダメ?」の語尾だけ年齢相応の可愛らしさがあるのは、どうやら彼女自身が気づいていない彼女の癖のようで、海べりに鳴る心地よい音楽のように響く彼女のこの語尾を聴くたびに彼は内心ドキドキするが、しかし話の内容は全然可愛らしくはない。やはりクオンツガイならぬクオンツレディらしい。物理、コンピュータサイエンス、投資銀行のプロップトレーディングと、ユルい風貌に健康的で飄々とした顔つきの間に、彼は全く関連を見出せなかった。このギャップが萌えるかも知れないが、今は全然萌えられなかった。仕事の話をしている彼女は、こちらも襟を正さないといけない気がするような、えも言われぬ雰囲気がある。従業員になったらまた会えるだろうし、次来日したらソーシャルアクティビティとか称して飲みにでも連れて行って後で萌えよう。そうしよう。彼はそう心に決めた。


「つまりワタシはキミのポートフォリオや運用プロセスの全てをガラス張り、キミをパンツいっちょうで包み隠さず把握する事になる。キミの運用するポジションにキミの考えも性格もぜんぶ反映されるし、ワタシも現役でポジションを取っているし今後も取るからそれを理解する事が出来る。キミの性感帯もメタボ入り始めのお腹の贅肉や自信のない体格も、全部丸見えと言う事になる。一方で、キミからはワタシのブラは透けても服がだぼだぼ過ぎてバストのサイズは分からない。パンツも透けそうで見えそうで見えない。これはむっつりスケベのキミからするとコーフンするかも知れないけど、ヨッキューフマンで負担かも知れない。でもキミのような一般の人は見ない方が良いものもある気がするのよ。キミはそれでいいかな。」


彼はしばし考え込み、店員さんに水を頼んだ。D.Eショーやルネサンステクノロジー等のクオンツハウスの運営方法だ。俺は作業員の一人、コアノウハウは完全なるヒミツと言うワケだな、、、こう言う立場の作業員を、世界中の金融市場に張り付けるつもりなのかも知れない。彼は推測した。


しかし、一声で100本、年率−10%やられなければ好きに運用して良く、日本市場の難しさはCEO兼CIO自身が理解しており別に短期で際立ったリターン挙げなくても良くて、100本のポートフォリオの運用を通じて真面目に情報提供していれば良いと言うのは、ヘッジファンド業界では破格で、まず有り得ない条件である。彼は店員の運んで来た水を一口だけ口を付けると、分かった、キミのパンツの色はやはり気になるけど、キミもパンツを見せない自由はある、それで良いよと頷いた。


「話が分かって良かった。しかしキミ、モダンポートフォリオ理論だの、効率的市場仮説だの、本気で信じてるの?」


質問が次々に続く。彼女はどうやら、「運用理解度把握テスト」のような事を僕にしているようだった。


「いや、MPTだのEMHだの何て勿論信じては居ない。市場が完全に効率的で、情報が全ての市場参加者に等しく行き渡っていて、全ての市場参加者が合理的に全く同じ判断を下して、なんて言う前提がまずはおかしいし、そんな状況が成立する訳はない。それに、仮に成立するとしたら、そんな状況じゃ売買の相手方がいなくなるから売買が一切成立しない事になる。出来高が全くないなら市場は全然効率的じゃなくなるので当初の前提を満たさなくなる。よってそもそも論理が破綻していると思う。CFAの勉強している時、アホかと思ったように記憶している。」


彼は続ける。この辺は彼の得意な説明分野だ。話が長過ぎるとよく言われるけれども。しかし彼女の場合、話が長くてもディテールまできちんと聴きたい様子でもあった。


「分散してマーケットと同じポートフォリオにするのがベストですよ何て言うのも次善の策に過ぎないようにも思う。何かの分野で何がしかの人間になろうと思ったら、集中すべきだ。イチローは野球だけやって成功した。ソロスはポンド崩壊に大量ベットしてイングランド銀行に勝ってから発言力を増した。バフェットはGEICOだコークだジレットだに集中投資して成功した。キミは10代からトレーディングで勝負して成功した。僕はこの辺の胆力がやや不足しているし言ってみれば平凡な人間のようにも思う。あるいは音は平凡な割に結婚みたいな大勝負で外している実績がある事を認めないといけない。とは言え致命傷にはならないようにはしているし、こうして今も元気にキミと話している。で、話を戻すと、平常時は分散でいいが、ここぞと言う時はやはり集中だ。特に勝負どころではそうだと思う。しかしモダンポートフォリオ理論の計算は行列計算でばさっと計算出来るし、数学的素養が大して無くても大量の銘柄を一括処理し易いのも確かだ。なので部分的に借用して、それを実務用にアレンジする形で使っている。それが現実だ。」


テストされている事に気づき、酔いもすっかり醒めた彼は答えた。


「いやあ良かった、本気で”社長、市場は効率的でありますから、分散ポートフォリオなんです”とか言われたらどうしようかと思ったよぉ。まあそう言う人なら、ヘッジファンドで運用なんか最初からしないですな。胆力の無さとか自らの平凡さを自覚しているのはそれで良いと思うよぉ。無知の知、自分には出来ない事が沢山あると理解している事は、相場ではとても大事な事だし。それにワタシと喋ってるうちにその辺は自然と多分慣れるから。ワタシだって基本線平凡だけど、ポジションは取っているし。結婚はまあ、難しいよねぇ。ワタシもカレシなし独身だから大きい事は言えない・・・。後はそうだなー、何か必要なインフラとか、人員とかある?」


彼女が基本線平凡だと言うのは彼には理解がし難かったが、カレシなし独身と言うのは良い情報だ。


「大したものは要らない。マストなのは普通にインターネットが出来るPC環境、ブルーンバーグ、四季報CD-ROM、香港の本部とのイントラネット接続、電話取材沢山するので電話。後は出来ればロイターとかあると良いけど、予算上しんどいなら要らない。先の通り、会社のPCにRをインストールするのは許可して欲しい、別にウィルスとか入るようなソフトではない。また、大手セルサイドのリソースは一通り使えるようであって欲しい。」


「その他はそうだな、ボトムアップでよく会社に取材に出るから、出来れば取材のアレンジとか留守中に電話番してくれるセクレタリとか居ると有り難いけど、これも別に居なくてもいい。決済等のインフラも香港で整って居るなら、日本では大したリソースは要らないだろう。あとはそうだな、出来ればオフィスを海べりにして欲しい。SOHOオフィスみたいな小さいのでいい。家賃も安いし、湘南位なら決算説明会や取材の際に都心にも通えない事はない。平時の取材はテレカンで過半は済ませられる。沖縄も考えたが、さすがに東京へのアクセスに時間がかかり過ぎる。会社訪問は出来た方がいい、だから湘南。どうだろう。」


彼女と話していると、ビジネスプランがどんどん出来上がって行ってしまう。不思議だ。


「おっけい。湘南SOHOオフィスの話もApproval出しましょう。海の目の前なんかでずばばーんと借りちゃってくださいな。いいじゃん、同業者や企業の交流場所みたくしようよ。ワタシが日本に来た時、遊びに行けるし。投資銀行時代はこう言うアソビが少なかったし、せっかく会社作るんだからちょっと楽しみたいのよねぇ、ワタシも。」


パンツは見られたくない以外の部分では、本当に鷹揚なんだなこの人は、と彼は話を聞きながら思う。まあ、ブラジャー透けても気にしない位だからな・・・と彼が考えた所で、鷹揚な彼女は再度真剣な顔つきに戻ると、注意点を述べ始めた。


「よし、最後にお願いとしては、相場の事でも会社の事でもそれ以外の個人的な事でも何かあったら直ぐ報告する事かな。特にパフォーマンスや会社運営の上でネガティブな話は直ぐ報告して欲しい。ロジカルである必要もないし、結論と理由で要約されて賢くまとまっている必要もないし、最後まで分析してきちんとしたリサーチレポートにしたり、公の報告書みたいにして上げる必要もない。香港のワタシの電話番号あげるから、何かあったら、場中でも引け後でも朝でも夜でも”あー"とか、"うー”とか、”何か不安だ”とか、”ちょっと聞いてよ”とか、"こんなマーケットの夢を見た"とか、気になった事があれば何でもいいからとにかくすぐに報告して欲しいのね。何が言いたいのかはワタシが読み取る事が出来るから。特段用がないけどとか、雑談だけどとかも一向に構わない。」


「雑談も含めて常日頃やり取りしているのは大事だし、何か連絡を取り合う必要性があると現場の運用者が直観したと言う事自体が情報になる。直観は大事にする必要がある。左脳でロジカルにまとめられる段階になってからでは得てして遅い事もマーケットではあるし、雑談しながら投資戦略を練ったり、次のアクションやら方針を一緒に考えると言うのがワタシのやり方でもあるのね。言ってみれば雑談パートナーが欲しくてキミを雇うと考えてもいい。ワタシも一人ではさすがに煮詰まるからねぇ。こっちが忙しい時にはちゃんとそう言うから、そん時はメールとかで投げといてくれればBlackberryでチェックして返すから。これさえ守っていれば、基本線多少損失が出た位でごちゃごちゃ言わないしクビにもしない。だから安心して運用に集中して欲しいんだな。」


報告の件も分かった、雑多な話でもとにかく伝えると言うのは気楽だし助かる。彼はそう応じながら、彼女がもの凄いスピードで出世していった理由を何とはなしに理解した。彼女は自身もトレーダーとして稼いでいるだけでなく、更にはクオンツとしての能力があるだけでなく、マネジメントも恐らく非常に上手いのだ。


決済等の不正の発生し得る部分、グローバル運用のノウハウのキモの部分は彼女の手許の香港に全部集約し、リスクモニタリングもリアルタイムで彼女の手許で一括把握する。外部からは社員でさえノウハウのコアの部分は一切見えない。一方で権限委譲する所は大らかに委譲し、最後の責任は自分が取るから現場は安心して運用に集中しろと言い部下のロイヤルティを掴む。そして現場の部下に対して、ブラくらい透けててもまあいいかと言う無防備な態度(しかし実際はもの凄く脇も堅いのだが)と、ほわんとした聞き手の雰囲気を漂わせながらドアをオープンにして、密にコミュニケーションを取る。末端の市場で何が起きているかを可能な限り早い段階で吸い上げる。リーダーシップでもって意思決定を即断で下す。これらを特段意識するでもなく、自然にやっている。


どれも当たり前の事のようにも思えるが、この業界でこう言う完璧なマネジメントと会うのは、彼はこれが初めてになりそうだった。シニアでも中々居ないタイプの人材である。プレーヤーとして優秀な人は中々マネジメントに向かないし、マネジメントとして出来ている人はプレーヤーとしての金融商品の細部や運用・トレーディングの細部まで分からなくて結局マネージし切れていない場合が多いのがこの業界の通例である。自身でプログラミングやシステム開発、実際のトレーディングもゴリゴリやる一方で、マネジメントとしても洗練されている人間は、彼の見た限りでは過去10年以上のキャリアにおいて、彼女が初めてになるかも知れなかった。やはり若くして非常識に稼ぐ人間は何かしら違うのだ。色々な意味で、彼は自覚した。


「後は何か希望はある?」


彼は少し考えて迷い、水を一口に飲み干した。

そして勇気を出して言う事にした。


「給料は安くていいから、”キミとたまにデートする権利”、これが欲しい。あとはキミ個人のメールと携帯番号交換させて欲しい。キミの事をもっと知りたい。ウォーレンバフェットも、”誰のバットボーイになるかで勝負が決まる”と言っていた。彼はベンジャミン・グレアムのバットボーイになって、その後独自のスタイルを加えて今のようになった。僕にはキミなんじゃないかと。」


彼女は一瞬考え込んだ。

そして大笑いした。


「うは〜、"ワタシとのデートオプション"の付与ですかぁ。連絡先の交換って、これはキミ、世間一般ではナンパと言うのですよ。久しぶりだなぁ、ナンパされるなんて。あたしゃ感慨深いねぇ。」


「それにしてもそう来ますかぁ。運用の議論は平凡な割に、さすがむっつりすけべ。案外大物かも知れないよキミ。今まで幾多の人間を雇ったり切ったりして来て、ストックオプション付けろとか、僕は凄い大学でMBA出て優秀だから給料上げろとか、素晴らしいトラックレコードだからどうだ凄いだろうとか、完全にヒミツにしているコアのシステム言ってみればキミのむっつりすけべ言語で翻訳すればパンティを色んな手段で盗み見してやろうとか言う人は色々居たけど、給料下げていいからフリンジベネフィットで"ワタシとのデートオプション"を付けてくれとど真ん中ストレートに言って来たチャレンジャーな人はキミが初めてだなぁ〜。」


「つまりは、莫大なリターンを稼ぎ出してワタシをアラサー入る前に今の立場に運んで行ったブラックボックスのシステムを見たいんじゃなくて、やっぱり物理的にワタシのパンツの色を確かめたいと。面白いよ、それ。雇用契約を結ぼうと言う時に言うのがまた素晴らしいよ。今日はお陰さまで本当に面白い一日だよ。キミ、ありがとうね。」


彼女の笑いのツボに入ったらしく、彼女は温くなったコロナを一気に飲み干してまだ笑っていた。

そんなに突拍子も無い事を言っただろうか。「基本的に胆力に欠け平凡な人種」であると自覚している彼は、彼女の機嫌を損ねたのではないかと少し不安になった。


「そうだよねぇ、お年頃の女性と1対1で話してるんだから、社交辞令でもその位言うべきよねぇ、その位素敵ですねとか。まあ、仕事の外でもモニタリングされて、お前そんなパフォーマンスじゃふがいないとか、もっと仕事しろとか、お前くびだとか、年下の姉ちゃんに言われるんじゃたまったもんじゃないんだろうけどねぇ確かにさ。」


彼女は青の混じった瞳をニコニコさせながら続けた。シワ一つない瑞々しい目尻に、幸せそうなシワが入る。10年、20年経っても、素敵なマダムになっているかもなと彼は思う。本当に大成しているトレーダーはここまで余裕があって健康的なのか。彼にとってそれは新しい発見だった。キリキリやるのが運用だと思っていたからだ。今までの上司や同僚も、そして自分自身も、概ね大きなストレスを抱え、往々にして私生活を犠牲にしながら、キリキリと運用していた。


「よかよか、付けてあげようじゃないのデートオプション。別に幾らでプライシング出来る訳じゃないしさ、年収下げる事は無いよ。香港で新しい会社始めても、1−2ヶ月に1回、日本には来るから。その時にしよう、デート。何かフレッシュな響きだねぇ、デート。いいねぇ、若返るねぇ。」


仕事の話だと容赦ない一方で、言う事がやっぱり所々「縁側のおばあちゃん風」あるいは「新橋の飲み屋のおっさん風」の彼女はそう言って更に笑うと、周囲の空気がふわっと華やぎ、微かに揺れるショートヘアのシャンプーの匂いが軽やかに通り抜け、辺りの空気は全くおっさん風ではなくなり、夏の萌しの穏やかな潮風で満たされる。自分まで若返りそうだ。彼の心は弾んだ。


パンツが見えそうで見えないのは残念だが、その寸止め感もまたいいだろう。こんなヘッジファンドがあるなんて、彼は思いもよらなかった。何だか今までとは違う文化の中で仕事が出来そうだ。彼は彼女の柔らかい笑顔を見ながらそう思った。


「さて、これで大枠決まったし、大損して100本一瞬で吹っ飛ばすような事はまあ概ね無さそうな状況が担保できそうだねぇ。じゃ、次はひもねすのたりのたりかな?あれひねもすだっけ?のシャビーな日本株の運用で、多少でもパフォーマンスをカイゼンするための、実際の運用のStrategy/Tacticsの辺りよねぇ。ゲームプランってやつ。何かアイデアある?」


彼女の笑顔に喜んだのも束の間、年俸の提示は未だない。彼への「運用力把握テスト」はまだまだ続くようだ。健全で朗らかだが思ったよりこの辺はハードそうである。彼は気を引き締め直した。彼女はクランベリージュースを頼み、彼はアイスティーを頼んだ。扉の外の海は、二人の起業案を何も知らないかのように午後の陽光を反射してきらきらと輝いていた。



(以下注釈)


(注)あちこちに注釈を付けるべき「金融語」がある事は自覚しているが、それはまたの機会で・・・(汗)。

2010年5月8日土曜日

パンツの透け具合に対する判断、一声で100本

彼女はコロナの瓶に唇を付けると一気に半分位まで飲み、むはーっっったまらんねぇにやにやでへでへだねぇキミ、と新橋のおっさんのような口調で感嘆のため息をついた。実は案外年なんだろうか。国籍も不明なら年齢もよく分からなくなって来た。そして平日の昼間から日本の首都圏郊外の海べりのカフェバーで一杯やっている女性とは一体何者なのだろうか。観光客、あるいは専業主婦の有閑マダム、あるいは飲食関係や水商売等の夜からの仕事をしているか、あるいは単に会社を今日は休んでいるのか。ないしは見た目は学校をサボっている大学生にすら見える。彼の頭の中はクエスチョンマークで一杯だった。しかし相手も自分の事を何者だと思っているかも知れない。快い陽気の中で酔いも回って来て、モノを深く考える事が次第に彼は面倒になって来た。

「ところでキミは誰?」

先手を打って彼女が質問して来た。ああ、僕の名前はxx、34歳の中年。最近離婚してバツイチで、その上勤務先でリストラがあってこの年で無職中。今は退職金で休暇中。僕はそう彼女に告げて、個人用の名刺を彼女に渡した。

「34歳には見えないね、ワタシと同じ位か少し上位と思った。バツまでついちゃって、案外人生一周したオジサンだった訳だ。で、パッケージ貰ってお休み中と。CFA協会認定証券アナリスト、社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。てことは、ファイヤーになったのは金融の仕事?アナリストとか?これは奇遇だねぇ」

縁側のおばあちゃん調で彼女は続けて、名刺を2枚僕に渡した。金融業界以外ではCFAを知っている人は珍しい。もしかして同業者か。あるいはヘッドハンターか。適度に酔いが回った彼の心は多少曇った。金融の事は当面忘れたくて海べりの小さな町に滞在していた所だった。僕は2枚の名刺のうちの1枚を何の気無しに確認した。

プラチナムスタンレー証券
マネージングパートナー
戦略投資部 グローバル戦略投資本部長
xxx xxx

彼の酔いは完全に醒めてしまった。プラチナムスタンレーと言えば米系の投資銀行で、米国では財務長官等も多数輩出している、いわゆる外資系金融業界、あるいは世界経済のど真ん中の会社である。戦略投資部と言う事は、自己勘定投資部門、社内ヘッジファンド部門だろう。稼ぎの過半を上げている部署だ。住所はニューヨークの本社と思しき住所が、電話番号は1-・・・で始まるアメリカの電話番号が記載してあったが、名刺は表が日本語で裏が英語の、日本用の名刺だった。所属はニューヨークだが、頻繁に日本には来ているようだ。

プラチナムスタンレーのニューヨーク本社でプロップトレーディング部門でパートナーと言うと、一言で言えば”もの凄いお偉い”である。年齢詐称?アンチエイジングでもしているだけでやはり案外年なのだろうかと彼は想像を巡らした。しかし彼女の弁によれば彼女の方がだいぶ年下だと言う事である。あるいは経歴詐称?米系投資銀行に、エスニック調の長袖にロングスカートでノーメイクでブラが微妙に透けていて縁側のおばあちゃん調のユルい話し方でお人好しそうな雰囲気をした女性が居ると言うのが中々理解が行かないが、例えばパートナーでなくて何かの間違いでこの業界に迷い込んでしまったジュニアの若者位なら時折ある話である(しかし大体こう言う場合業界のカルチャーに耐えられなくなってしまって長く続かない)。あるいは年齢詐称と経歴詐称の両方なのか。あるいは何かの冗談だろうか。彼の頭は混乱した。

「こらこら、年齢詐称でも経歴詐称でもないよ。年は男性からは聞きづらいから最初に答えてあげると26歳、経歴は見ての通り。海外の学校だと、飛び級があるでしょう。こう見てもトレーディング歴10年のぷちベテランであります。ワタシもプラチナムスタンレーはもう直ぐ退職なのよ、何か飽きちゃってねぇ。今は休職扱いで、東京に挨拶と、あと起業する会社でちょっと用事があって東京に来て居て、あとはせっかくだから海べりでにやにやしようと思ったのよねぇ。温泉も行きたいねぇ。せっかくの日本だし。」

言わんとする事は分からなくも無いが、飛び級で10代半ばで大学を卒業しているのも、経験10年でパートナーなのも、相当異常だ。相当トレーディングで稼いだに違いない。彼は「起業する会社」を確認するために、もう一枚の彼女の名刺に目をやった。こっちは最近作ったばっかなのよね、競業禁止だから会社はまだ無いんだけど、と彼女が加えた。

ブルーシールドキャピタル
代表取締役CEO兼CIO
xxx xxx

こちらは聞かない名前だ。ブルーシールドキャピタルの方は香港と東京の住所が記載されていた。大手のiBankで社内ヘッジファンドのヘッドをやるのは飽きた、あるいは昨今の金融規制強化の煽りを食うのは嫌だから退職して、ヘッジファンドでも自分でローンチして、節税のために香港を本社にして、リサーチオフィスを東京で開設したい。そんな所だろうかと彼は想像した。

「まあ中々に当たらずも遠からず、良い線の推測ねぇ。さて、同業者だと確認出来た所で、キミは何をしてたのかね?ここでにやにやして、ワタシのほんのり透けてるブラとフトモモに内心デヘデへする前は?」

彼女が「新橋のおっさん調」で質問したので、少し前までヘッジファンドで日本株のロングショートの運用をしていた、しかし日本株のヘッジファンドはジャパンパッシングつまりキミみたいな同業者のお偉いに説明するまでもないけど世界における日本の地位低下の流れの中でAUMつまり運用資産額が軒並み落ちてしまったし、僕の会社も僕自身もその煽りを受けた、僕も離婚の事等でこの1年位運用どころでは無くなってしまった事もあり正直運用に集中出来なくってそう悪くもなかったがさりとて目立ったパフォーマンスを上げられなかった、社内政治なんかも苦手で自分の立場を守り切れなかった、それで海べりで昼間っからビールにカクテル飲んでのんびりしているんだ、若いのに凄い立場のキミと違って僕はただの兵隊の一人に過ぎなかったし、世界も会社も僕が居なくてもそれなりに回っているし、今は嫁さんも居ないから僕自身も気楽にしている。確かにキミのブラとフトモモが仄かに透けている事は確認したし応分にむっつりスケベなのは認めるがデヘデへまではしていない、おじさんをからかわないように。これでいいかな説明は。彼は半分投げやりに答えた。

「おおー随分率直にして正直な説明ですな。でもブラにフトモモまで行って、パンツも透けてないかなとかちょっと思ったでしょう。安いエスニックの服って、これが微妙に難点なのよねぇ。楽天4755の通販で買ったんだけど。」

語尾に独特の縁側のおばあちゃん調と新橋のおっさん調を織り交ぜる彼女は、僕の話をゆっくりうんうんと頷きながら聴いていた。それにしてもプラチナムスタンレーのパートナーが楽天の通販で多分1980円あるいは2980円位のエスニックの服装と言うのが余りに不釣り合いのように思われた。年俸で言えばMillion$、しかも10Million$単位、円なら10億円単位で毎年貰っていてもおかしくない立場のはずだ。大体どうして、こちらの考えて居る事が筒抜けなのだろうか。

「物事は、”書かれたそばから読まれて行く”のよ。覚えておくと良いと思うよ。セルサイドのレポートもそうでしょう。一生懸命100ページのレポートとか書いても、あっという間にマーケットに織り込まれてしまう。エスニックの服は、ワタシのシュミなのよねぇ。東京に来るとついつい買っちゃう。エコでロハスでニューノーマルな昨今、投資銀行行ってフェラーリ乗ってとか言う必要もないでしょう。ウォーレンバフェットだって、いまだにオマハの田舎でボロい家に住んでるし・・・。元本を減らさないで、入る方を増やして出る方を減らすのが投資の大事な所なのですな。第一、贅沢とはカネを使う額の多少は余り関係なくて、例えば気に入ったリラックス出来る服を着て昼間っからビール飲んでデヘデへしている今まさにこの瞬間のような事を指すのよ、そう思わない?今ここで酔っぱらってパンツ見たさにデヘデへしているキミなら分かるはずだけど、どうかなぁ?」

彼自身がパンツも透けて欲しくてデヘデへしているのではないかと、彼が幾ら否定しても彼女は決めつけに入っている様子である点以外においては、特段彼女の言う事に彼は反論は無かったので、その通りだと彼は頷いた。もしかしたら僕は本当に彼女のパンツも透けていて欲しかったのかも知れない。彼は自分の思考が彼女に浸食されつつある事を感じた。

「大丈夫、他人の心の領域を浸食する気はないし、自分自身が大事なのと同様に他人の領域も大切にしている。キミがワタシのパンツまで見たかったのかそうでないのかの選択権はキミにあるし、キミはその点において自由なのだよ。そして実際パンツを見せるか見せないかの選択権はワタシにある。ブラに関しては多少透けても良いと言う選択をした。どうせ知り合いにも会わないだろうし、楽な服装で潮風を楽しむ事にプライオリティを置いた。その点、透けたブラに萌えるか萌えないかはキミの自由だから、デヘデへのキミを特段批判はしてない。ワタシは自分の判断を後悔する事はまずないのよねぇ。状況に応じて頻繁に判断を変える事はあるけど。マーケットに接していたなら、この辺の感覚は分かるよね?」

彼女の言い分に彼は妙に納得した。この女性は案外信頼出来るかも知れない。少なくとも言っている事がフェアで上下、支配/被支配の関係がない。得てして政治的でフェアネスに乏しい金融業界においてそれは案外貴重な気がした。マーケットに集中している人間の、健全なモノの考え方のようにも思えた。

彼はしばし熟考の末、素直になる勇気を出すためにブルーマルガリータを一口飲んだ。やはり僕の希望としては彼女のパンツまで透けてて欲しかった、色を確認したかった。微妙にスカートから透けてパンツの色が分かる、そのチラリズムにロマンを感じたい自分が居たかも知れない。例えば服装がエスニック調で色気が無いのにパンツの色が派手だったらそのギャップにポジティブサプライズで株価急騰だったかも知れない。期待値の低い企業の決算が存外良い時みたいに。彼はそう判断する事にして、彼女に伝えた。

「なるほど。そうなのか、そういうものなのねむっつりすけべの心理構造と言うのは。勉強になるなぁありがとう。よし、気に入った。取り敢えず100本、100本だねぇ。これからローンチするブルーシールドキャピタルの受託資産のうち、100本を、ニヤニヤで人生一巡めぐってお休み中な上にむっつりすけべでデヘデへでパンツの色を透けそうなスカート越しに確かめたかったオジサンのキミに任せようでわないかぁ・・・ダメ?」

僕の話を最後まで聞いた彼女は、そうおもむろに切り出した。

彼は、彼女が一体何を言っているのか分からず、唖然とした。

100本とは、100億円である。

「気に入った」と言われても、今までの僕の説明の何が気に入ったのかもさっぱり分からなかった。ただのつまらない、良くあるバツイチの、カリスマでもなんでもないその他大勢のヘッジファンド屋の一兵卒の顛末と、パンツまで透けていて欲しかったかどうかについての僕の素直な判断と意思表示を話したに過ぎない。レジュメも見せて居ない。トラックレコードも伝えていない。大体、女性に実はパンツの色を確認したかったと伝えてありがとうと感謝された上に、仕事のオファーまでされるのは人生において初めてである。本気で言っているのだろうか。

大体、幾ら若くて投資銀行で上り詰めたとは言え、一声で初対面の冴えない元運用屋に100本任せられるスタートアップのヘッジファンド「ブルーシールド」とは、一体何者なのだろうか。日本株のヘッジファンドの世界では、かなり有名でシニアの人物が独立しても、昨今中々100本も集まらない。彼は信じられない彼女の発言を何とか飲み込むために、時間が経過して既にぬるくなっていた残りのブルーマルガリータを一気に飲み干した。


殆ど不確かで訳が分からない状況に直面していた彼だったが、彼女の最後の「・・・ダメ?」の一言には年齢相応の女性の可愛らしさが確かに感じられた。彼は胸が高鳴る感覚を少しだけ、久しぶりに思い出した。