2010年1月30日土曜日

FF13のサントラ


さて、たまには力を抜いて、趣味・雑談系の話も今後増やして行きたい所です。
まずは掲題の話題から。

ゲーム本編については以前ブログに書いた通り、ストーリー面を中心に多少批判的にならざるを得なかったですが、ファイナルファンタジーXIIIのサントラが発売して買ってみたのでご紹介。


こちらは素晴らしいです。文句無し。
「ゲーム音楽」と言う感じじゃないです。
映画とか、ミュージカルとかのサントラ盤のような感じ。
クラシック系の曲は打ち込みでなくちゃんとオーケストラで演奏されてます。

FINAL FANTASY XIII 〜誓い〜
サンレス水郷
閃光
セラのテーマ
色のない世界

筆者的に、この辺特に好きです。

作曲者の浜渦正志氏はスクエニをごく最近に退職されたようです。
確かに、今回でアーティストへの楽曲提供もしており、今後もこう言った活動もして行くとなると、独立した方が活動し易いのかも知れません。一方でスクエニさんとも、今後も独立した立場でゲームの楽曲提供と言う事で契約するのかも知れないですね。FF13のストーリー面を、浜渦氏の音楽で相当補ったと言う功績は非常に大きいと思います。

筆者については昨今、独立したいと言う気持ちは以前ほどないですが、独立するぞーって言う力んだ感じでなく、目の前の仕事をしている延長で自然に、と言う感じの独立の仕方は中々悪くないなと感じる昨今です。

2010年1月26日火曜日

Matrixその後と最高の人生の見つけ方

(出所:映画「最高の人生の見つけ方」より)

○「資本主義Matrix」の世界で翻弄され切った「成功者」のその後

前回の続きである。

ひとたび成功はしたものの、資本主義に翻弄され切って疲れ果て、ビジネスは後退を余儀なくされ、財産も殆ど無くなり、セレブ友達も、(往々にして)配偶者/パートナー等も含めて皆去って行き孤独になり、もう人生なんかどうだっていい、と無気力引きこもり状態の「元」成功者の携帯に、ある日メールが届いた。

「仕事で近くまで来てるんだけど。久しぶりに飲みに行かないか?」

ずっと会っていなかった、普通の会社で普通の冴えないサラリーマンをしている、昔からの友人だった。
とにかく引きこもりから脱出、外出する理由も欲しかったので、元成功者は飲みに行く事にした。


○最高の人生の見つけ方

その辺の安居酒屋で飲む事になった。少し前までザガットやミシュランで高得点/星の付いた店や、そう言う本にも載っていない貴重な店で外食するのが当たり前だったので、こんなのは久しぶりだった。

友人は、よれよれのスーツにワイシャツ、朝遅刻しそうでヒゲ剃って無かったんだなと言う事が伺われる無精髭、寝癖の残った髪型にネクタイを緩めた冴えない風体で、あー悪い悪い、上司に捕まっちまってな、安月給な上に酷使しやがってかったるい会社だよ全く、等と言い訳しながら10分近く遅れてやって来た。昔からグダグダでだらしない奴だったんだよな。少し前までだったら、こう言う人間と会っても多分視界にも入っていなかった。しかし元成功者はそんな事もはやどうでも良かった。わらをもすがる思いだった。

もう我慢が出来なかった。
今までずっと抑えていた愚痴を、古い友人にぶちまけた。

「結局元の木阿弥だ。いや木阿弥以下だ。」
「仕事は完全に終わったよ。終わった。全部終わった。げーむいず、おーーーーーぶぁーーーーーっ。」
「人脈だと思って居た奴らも皆去って行った。さーっと引いて行く音が聞こえるようだったね。冷たいもんだよな全く。」
「仕事場も修羅場なら家も修羅場。嫁も結局はカネカネカネ、そればかり。キャッシュが滞って来た途端どんどん冷たくなって行って、支えてなんてくれなかった。まあ自分も、見栄っ張りで美人を隣に連れていたいみたいな所あった上に、勢いで深く考えないで結婚して、結婚した後も仕事の事ばっかり考えてて家の事なんか構ってなかったから、自業自得と言えばそうだけどな。結局今は別居の案配で、これから離婚の手続き。もの凄い額の慰謝料を多分請求してくるだろうよ。はああああ。」
「はぁぁぁ・・・おやじさん、もぉういっぷぁい!」

安酒をどんどん飲んで止まらなくなってくる。
目に涙が溢れて来るのがわかる。

友人はただただうなづいて、自分の話を聞いてくれた。

そして長い長い愚痴と泣き言を一通り聞き、「元」成功者が言う事もなくなって来たのを見計らって、友人は穏やかに続けた。

仕事の事はまあ、今は忘れるんだ。頑張り過ぎるな。
今は休養が必要なんだ。今は取り敢えず何とか日々をしのぐ事だけ考えればいい。それで精一杯でも、それでいいんだ。時間が解決する面もある。
離婚はな、、、実は俺も数年前に一回離婚してるんだ。これはしてみないと分からんからな、気持ちはよく分かる。周囲に相談しづらいしな中々・・・。気持ち的にお前も滅入ってるだろうし、早めに専門家に任せた方がいい。今まで多分お前が仕事でやり取りしてたような、M&Aの時なんかに世話になる大手の弁護士事務所じゃなくて、街角で小さいかかりつけ弁護士事務所やってるような、離婚とか細かい民事の案件とかの経験が豊富でちゃんと親身に相談に乗ってくれるような感じの方がいいかもしれないな・・・そうだ、学生時代の友達であいつ居ただろ?あいつ今地元で弁護士事務所やってんだよ。連絡付くように手配しとくよ。
大丈夫だ、お前は間違ってない。きっと大丈夫・・・とにかくお前は今は無理するな。



グダグダでだらしなくて、上司にも客にも適当な言い訳ばかりしてるようなダメサラリーマンの友人が、いざとなるとこんなに頼りになる奴だなんて全く知らなかった。思ってもみなかった。

年甲斐もなく元成功者は声をあげて泣いた。ちくしょう。

自分の今までの人を見る目の基準が全く間違っていた事を悟った。
そもそも人生に対する考え方を誤って居た事を悟った。
優秀かどうか、勝ち組かどうかなんて、人生の重要な時には何の意味もない。

最悪の時、運気もどん底、ため息と愚痴しか出ない時に自分の話を聞いてくれて、どしゃ降りの時に無言で傘をさし出してくれる、グダグダだけれどもいざと言う時案外しっかりしている「本当の友人」。こう言う奴さえ居れば、人生何とかなると言う事を痛感した。数は少なくていい、こう言う友人を大事にして生きて行こう。

そして「元」成功者は、遂にMatrixの迷宮の先にある光を見つけたのであった。
本当の幸せとはどこにあるのかを知ったのであった。

それは起業して株式公開する先にある訳でも、勝ち組ビジネスマンになった先にある訳でもなく、案外身近な所にあったのである。

最悪の時期を経て、遂に「最高の人生の見つけ方」を発見した瞬間であった(注1)。

○次回以降の(飽きなければの)予告

・・・次回から、新橋の飲み屋調からちょっと離れて、もう少し詳細にまとめた形で「再生の過程」「救いのある資本主義との関わり方についての提案」について書いてみようかと思う。例によって、飽きなければだが。


(以下注釈)

(注1)べたな映画だが、良い映画と思う。


・・・それにしても、なんでこんな具体的に色々書けるのかって?

なぜかと言えば、筆者自身が「資本主義の仕組みに興味なんか持っちゃって、今考えると赤面ものだが成功哲学本とか色々読み漁って頑張っちゃって、超微小なスケールで調子に乗り、ぺしゃんこの一文無しになり、人生何が大切か痛感する事になった」と言う循環を一周経ているからである。あらあら。

2010年1月23日土曜日

映画「Matrix」と資本主義 その4

(出所:Matrix)

○資本主義をマスターすると、↑のような離れ業が出来るようになる?

前回の続きである。
赤いピルを飲むのも大変な事だとは言え、資本主義のありようを理解して、自己啓発して、成功出来るように研鑽すれば、Matrixで言えば銃弾を避けるような離れ業を出来るようになり、お金持ちになって経済的に自由になれば幸せになれるんじゃないか。そう言う意見もあるだろう。と言うか世の成功本や自己啓発本はおしなべてこう言う前提に則って書かれている。今回はこの点について書いてみようと思う。


○典型的な成功者の道のり

ここに、筆者が今まで延べ1000社以上の上場企業を取材し、その中では社長や役員等への取材も日常的に行い、また運用会社を起業して成功したと言ういわゆる「成功者」を脇目に見ながらそのもとで仕事をして来たと言う経験も踏まえて、「赤いピルを飲んで、一時は前回書いた通りの苦労も味わった末に成功した、典型的な成功者」の道筋を書いてみたいと思う。

結論から言えば、確かに資本主義のありようを理解して、自己啓発して、成功出来るように研鑽すれば、成功の度合いには個人差があるにせよMatrixで言えば銃弾を避けるような離れ業を出来るようにはなる。しかし一方で、注意しないとその副作用もまた大きく、結局は自由にもなれなければ幸せにもなれない、と言った事態が頻発しがちである。

筆者自身の体験、出会った人等も踏まえて書いては居るが、特定の誰を指していると言う事はないのでその点は断っておく。赤いピルを飲んだ人間の、一般的にありがちな姿を描いたに過ぎない。


○平凡で退屈な日常(赤いピルを飲む前の世界)

成功者ももとは普通の学生だったり、普通の会社員だった。
意地悪な上司や同僚のもとで嫌な思いをしたり、お金が無くて惨めな思いをしたり、異性にモテなかったりして冴えない時期があった。

得てして成功する前のこの手の「マイナスの感情を伴う鬱憤」「いつか見返してやる」と言った感情が、赤いピルを飲んで起業するなりキャリアアップなりの原動力になっていたりするケースが散見される。(心当たりがあるかたは、対外的に否定するのは各自の自由だが、自分の心の奥底の声にはきちんと耳を澄ませる事をお勧めする。きちんと自覚して認めてしまえば、後に書くような副作用はずっと減る。)


○冒険への誘い

そしてきっかけは様々だが、「ある起業家に出会って感動した」「自己啓発セミナーに行って、漫然と会社員をするのでなくてやりたい事を見つけないといけないと思った」「会社員としては上手くやって行けなかったので起業するしか無かった」「近しい人の死や大災害に直面して、一度しかない人生これで良いのかと思った」「会社員としては一通りの成功を収めたし、次は独立だと思うようになった」「日系企業ではつまらないので外資系金融に行く事に決めた」「大手では物足りないのでヘッジファンドに行って腕試しする事にした」等等のきっかけを経て、成功者は一歩を踏み出す事になる。Matrix同様、赤いピルを飲む事になると言う事である。

ようこそ、資本主義の実存の砂漠へ。


○赤いピルを飲んだ後の辛い現実との直面

前回書いたような現実に直面して七転八倒する。


○メンターの発見

それでも成功者は身悶えながら頑張る。
成功哲学の書籍を色々読み漁る。
自己啓発セミナー等に沢山出て、自己投資する。
スキルを磨く。

そう言った中で、本なりセミナー講師なりの「メンター」「指針」を発見する。映画のMatrixで言えば、モーフィアスである。Matrixのシステムに似せて作られたスパーリングプログラム内の道場に立ちながら、モーフィアスは言う。

It has the same basic rules, rules like gravity. What you must learn is that these rules are no different than the rules of a computer system. Some of them can be bent. Others can be broken. Understand?
ここでの基本的なルールは同じだ。重力の法則とかな。お前が学ぶべき事は、ここのルールはコンピュータシステムのルールと同じだと言う事だ。つまり、曲げていいルールもあるし、ぶち壊していいルールもある。わかったか?

Good! Adaptation. Improvisation. But your weakness is not your technique.
よし。適応力、即興性はある。だがお前の弱点はテクニックではない。

Do you believe that my being stronger or faster has anything to do with my muscles in this place?
この場所で私の強さや速さが筋肉と関係があると思っているのか?

What are you waiting for? You're faster than this. Don't think you are, know you are.
何を待っているんだ?もっと速く動けるはずだぞ。頭で考えるんじゃない、悟るんだ。

Come on! Stop trying to hit me and hit me!
どうした!打とうとするんじゃなくて、本当に打て!

I'm trying to free your mind, Neo, but I can only show you the door. You're the one that has to walk through it.
私はキミの心を解き放とうとしているのだよ、ネオ。だが私は入口を見せてやる事しか出来ない。キミはそこを通り抜けるべくして選ばれし者なのだ。



そうして成功者は、世界は思ったほど確固たるものではなく、思考が現実を作る事、具体的には「成功」するために必要な以下のような事を学ぶのである。

・ポジティブシンキングが重要だ、ポジティブな言葉だけ使うようにしよう。
・周囲の一緒に居る人が重要だ、だから「意識の高い人」「優秀な人」「成功者かあるいは成功しそうな人」「勝ち組の人」とだけ付き合うようにしよう。愚痴の多い人やテンションの低いような人は切ろう。
・時間はどんな大富豪にも一般人にも等しく同じだ、だから1分でも大切にしよう。少しでも遅刻するような人とは付き合わないようにしよう。
・手帳の活用だ。昨今はIT活用も重要だ。自分をGoogle化するぞ。
・ゴールを明確にして、いつまでに何をして幾ら稼ぎたいのか数字も明瞭に決めて、紙に書こう。成功を示すような写真や絵も用いて、成功イメージを高めよう。
・何をやりたいかより、何をやりたくないかで目標を決める方が目標が定まりやすい。
・勝ち組になるイメージを常に想像しろ、過去の嫌な会社員生活等も無駄な事は何一つない。そう言う過去も糧にして「こなくそ」と言う気持ちもバネにして競争に勝つのだ。
・起業させて株式を上場させれば、自ら合法の通貨を刷る事に等しい。資本主義の搾取される側から勝ち組になれる。だから上場に向けて頑張るのだ。
・スキルアップして常に自己に投資し続け、キャリアアップを続けるのだ。会社を利用出来るようになれば年収の桁が一桁増える事になる。
・成功イメージを高めるために、敢えて値の張るレストランで食事してみたり、飛行機をビジネスクラスにしたり、新幹線でグリーン車に乗ったり、一張羅のフォーマルな服を買ったりしろ。脳に成功者としての自分のイメージを刷り込むのだ。成功者のコミュニティに成功していない時から入る事、一流の空気を一流でない時から吸う事が大事なのだ。そうしているうちにイメージが現実化し、成功に繋がる。

、、、とまあ、本屋の棚を埋め尽くす程成功哲学の本が沢山あるが、まあ大まかにまとめれば大体こんな風な感じだ(注1)。

成功者は、謙虚になり、熱心に上記を実行し始める。


○困難を経て、何らかの形で成功を収める

上記の通りガツガツ頑張れば、規模の大小は人それぞれあるだろうが、多くの人はある程度の成果を収められる。

サラリーマンなら、会社の従僕のようなサラリーマンから、英語もペラペラ、財務にも明るく知識も豊富、周囲の社員からも魅力的に映り、会社や仕事を自分で選べるような会社員になれる。
起業家なら、事業も軌道に乗り、場合によっては株式公開等も出来るかも知れない。

世間の評判も上がり、仕事がどんどん舞い込んで来るようになり、多忙になる。
当初よりずっと良い生活が出来るようになる。広くて景色の良い都心のタワーマンション等に住むようになり、高級レストランに出入りするようにもなる。

周囲の知人も、自身と同じようないわゆる「セレブ」が増える。会合では皆でお互いの家、事業、スキルや能力等のお褒め合いをしてそれを「気色悪いお世辞の言い合い」ではなく、「ポジティブシンキングでポジティブワードを皆使う、素晴らしい人達だ」等と思うようになる。お金の話や不動産の話、投資の話等を常時こう言ったコミュニティの人達とするのが常識になる。カネの話をどこでもする事が品のない事だとも次第に思わなくなる。何しろ自分は成功者コミュニティの一員で勝ち組だ。勝てば官軍、自分たちがスタンダードだ。ワインパーティで投資案件の情報交換位するのがセレブなんだ、と言った思考が知らず知らずに染み付いて行く事になる。昔からの友人知人とは疎遠になる。

神話論で言えば、上昇サイクルの最終局面、映画で言えばハッピーエンドのエンディングの辺りである(注2)。


○何かが物足りない、何か違うと思うようになり、孤独な独裁者になる。

しかし何かがおかしい。成功しても、思った程嬉しくはないのだ(注3)。
しかも、成功してハッピーリタイヤどころか、仕事はどんどん忙しくなる。

起業家なら、念願の株式上場を果たしたら、当初はそれでハッピーだと思って居たが、実際はそうでもない。
社員は中々成長しない。なんでこんな使えないんだろう(注4)。
自分の保有している株式を売却して現金にして南の島で引退生活でもしたいけど、自社株なんて売ろうものなら、株主からやる気無いのかと思われるし、ヘッジファンドに空売りの雨を浴びてしまうから出来ない(注5)。若造のアナリストやファンドマネジャーに、会社の事や自分の事等色々な事を根掘り葉掘り聞かれて鬱陶しい。

キャリアアップ会社員も同じだ。部下はさっぱり使えない。意識が低いんだよ意識が、等と思うようになる。
ボーナスは常に自分が思うよりも少ない。○億も会社に儲けさせてやってんのに、こんなに自分は会社に貢献してるのに、自分のボーナスはこれだけかよと(一般人からすれば十分な額を貰っていても)思うようになる(注3)。
引退しようにも、贅沢好きなカネのかかる異性・配偶者、私立に幼稚園だか小学校だかから通って週に何度も塾に通っている子供、都心の高価な家等、贅沢な生活が身に付いてしまっていて、入る方も多いんだがキャッシュの出る方も随分多いので中々引退出来ない。

そう、今さら分かった事だが、従業員は会社の従僕かも知れないが、自社を株式上場させた起業家は株主と資本市場の従僕になるのだ(経営者は、プリンシパルたる株主のエージェントであり、公開企業はパブリックカンパニーであり個人の持ち物では無くなる訳だから当たり前と言えば当たり前である)。キャリアアップセレブ会社員も、これで自由になれたかと思いきや、キャッシュアウトの負担も増えるからそうは行かない。「資本主義」と言う大きな仕組みに打ち勝ったかと思いきや、結局このシステムにがんじ絡めにされつつある自分に気づき始める。

Matrixを抜けた向こう側もまた、別の形のMatrixの世界に過ぎなかった。
不満が募って来る。

起業家にせよキャリアアップ会社員にせよ、夕食も仕事関係の会食等が多くなる。あるいは溜まるストレスや不満の解消のために、芸能人、アナウンサー、スチュワーデス等の「べたなセレブ合コン」が増えたり、あるいは銀座や六本木の高級クラブ等に出入りする事が増える(注6)。家族や彼女/彼氏と一緒に夕食を食べる機会が減るようになる。夕食に限らず、私生活が全体になおざりになって来る事が多い。

起業家もセレブ会社員も、話の内容に自慢話が増えて来る。政界や財界の大物との人脈自慢、大きな案件をまとめた等の自分の手腕や能力自慢等。しかし内心では、幾ら自分が成功者になっても「もっと上」「もっと金持ち」「もっと政界や財界の中枢の権力者」が居る事に焦りも感じ始める。どこまで行っても満足出来ず、自分を認められない。もっと上だ。前向きのようにも見えるが、実際の所は尊大であると同時に、どこまで行っても他人との優劣でものを考える思考であり何となく卑屈である。

ピークアウト、神話論の下方サイクルの開始である。


○公私ともに問題が噴出し始める。

そうしているうちに、公私ともに問題が実際に生じ始める。

仕事においては、起業家であれば、社長の周囲がイエスマンで固められる事になる。社長に批判的だがまっとうな事を言う重要な部下が耐えられなくなり離反を起こして一気に退職して業績が悪化し始めてしまったりする。あるいは社員が社長には良い顔をする一方で見えない所では社内の部下や同僚にセクハラ/パワハラをしていたりして企業文化の乱れが問題になって来たりするようにもなる。組織も中途半端に規模が大きくなり肥大化して来て、意思決定も遅くなりがちになってくる。競合他社が台頭して来たりする。セレブ会社員も同様で、部下が離反して次々辞めてしまったり、社内不倫等ついついしてしまい仕事への集中力が途切れて来たりするようになる(注7)。

私生活も荒み始める。パートナーや配偶者、家族が居る場合はまず何らかの形でそこに問題が出る。配偶者の浪費癖、夫婦関係の悪化、子供の病気等。不運な交通事故等に遭ったりする事もある。これらは全部仕事と密接不可分であり、何かがおかしい事への警告である。

その他、妻子持ちであっても独身であっても、セクシーで美人/美男子だが金目当ての品のない異性、その他出所の怪しい有象無象が、まるで電灯の光に集まって来る蛾(ガ)のように、周囲に集まって来る事になる。実際には蛾でも見た目は気品のある蝶のように振る舞って巧みに近寄って来るのが厄介である。そして思わず不倫してしまったり、付き合ってしまったり、明らかに怪しいのにビジネスで取引を始めてしまったりする。コンプレックスのあった成功者の成功前には、こんな美女(女性の成功者なら美男)とあれやこれやするのは夢だったし、儲けられれば手段は何でも良いのだと思ってやって来て自分は成功したのだと思っている。そう言う心の隙間を巧みに突かれてしまう。

自身の健康も蝕まれ始める事が少なくない。仕事も多忙でストレスを抱えて、高級レストランで油や脂肪分たっぷりの会食ばかり食べていれば当たり前である。玄米ご飯にみそ汁に煮物、みたいな質素な食生活からどんどん離れて行く。

そう言った有象無象の接近や色々な問題は、成功者の心の隙間、心のありようの問題を現実として具現化したものと言える。ある意味、(筆者は無宗教/無宗派で宗教に対しては完全に中立の立場である事は断っておくが)神様からの警告である。


○深刻な結果に終わる。

それでも警告も無視して突っ走ると、公私ともに深刻な結果を迎える事になる。深刻度合いは、恐らく金銭的な成功度合い、自身の心の隙間や未熟さをどの程度自覚できず受け入れられていないか、と言った所に比例するだろう。

仕事では、起業家であれば株価の破滅的な下落。会社の突然の破綻。粉飾、規制違反等で事件になる事もある。100億長者だったはずが、一瞬にして自社株は紙切れになる。ビジネスパートナーや取引先に騙され裏切られる等。セレブ会社員であれば、突然の解雇通告。リーマンショック後の証券化ビジネスのように自分の得意分野のビジネス自体が完全に無くなる。政治闘争に明け暮れた末最後にはしごを外され突然の左遷等。

私生活でも結婚関係の破綻、子供の非行や深刻な病気/事故、自身が大病を患う等、深刻な結果となる。

それまで友人だと思って居たセレブ仲間は次々と成功者の元を去って行く。
考えてみれば当たり前である。本人自身が、「意識の高い人、勝ち組あるいは勝ち組になりそうな人とだけ付き合って、愚痴の多い人や成功しそうにない人とは付き合わない」ようにしていたため、似たような人間を集めてしまっていたのである。成功者が成功者でなくなった途端、運気が下がり始めた途端、愚痴の一つでも言わないと耐えられないような状況になった途端に、皆去って行く。彼らは本当に辛い時に支えてくれるような「本当の友」ではなかった。自分が彼らにとっての「本当の友」ではなかったように。

そして孤独になる。

神話論で言えば、下降サイクルのクライマックス、死の局面と言える。酷い場合だと、上記のような不幸が祟って本当に亡くなってしまったり、自殺に至ってしまう事もある。注意が必要である。


○再生、あるいはもう少し救いのある資本主義との関わり方はあるのか。

何とも救いのない話を書いてしまったが、それにしても映画のMatrixは資本主義の仕組みについての題材、とっかかりのネタとして好適だなあと感じる筆者であった。

次回からは「再生」、「あるいはもう少し救いのある資本主義との関わり方」について書いてみようと思う。


(以下注釈)

(注1)何と言うか、文章にするだけで疲れるものである。勿論、何かを達成する際に目標を紙に書くと言うのは「思いの物質化・現実化」の第一歩であるし、ポジティブシンキングやポジティブワードも悪い事ではないし、こう言うノウハウも部分的にはその通りと言える部分、有益な面もある。

しかし、一般の成功本の良くない所は、これを金銭的成功にのみ当てはめる事にばかり腐心し過ぎていて、人生のもっと重要な事を捨象している点である。

言ってみれば、成功とは金銭的成功を指し、金銭的成功は幸せに繋がると言う事を何の疑問も断りもなく暗黙のうちに前提にしているのである。この前提をもとに、金持ちでない人は負け組で幸せにもなれない、私はあるノウハウをもとに金持ちになって成功した、だから私の言う通り成功を目指すのです、と言う論調ばかり前に出している点が問題なのである。そもそもこの前提が必ずしも(筆者の主観では間違いなく)正しくない。

また、一般の成功本の過半は、今回のブログで書いたような「成功の副作用」について触れていない。これは本当に問題だと思う。薬の効用の部分、あるいは投資商品で言えば、リターンの部分だけひたすらに誇大広告して、副作用や想定されるリスクの記載が無いとか隅っこに小さく書かれているようなものである。

ポジティブシンキング、ポジティブワード、その他各種セルフイメージ改善法や目標達成の技術と言うのは、言ってみればある種の自己への洗脳である。やり過ぎると副作用もあり、危険な面もある。

人間誰しも、辛い事や嫌な事が続けばため息が止まらない時だってあるし愚痴の一つも言いたくなるし、悲しい時だってある。そう言う際に、そう言う気持ちを無理に押し込めてポジティブ一色にしようとすると、軋みとと言うか問題が生じやすい。一回ちゃんとマイナスの感情も受け止め切って出し切る必要がある訳である。

本当の意味での「人生トータルの成功」について書いた本は、もっとバランスが取れている。次回以降で紹介したい。


(注2)人の人生も、往々にして神話論のサイクルに従う場合があるのである。あるいは、人生の典型的なありようを集約して、多くの人々にとりすとんと受け入れ易いストーリーに変換したのが神話とも言えるのではないかとも思われるので、人の人生が神話論のフレームワークにぴったり当てはまっている「ような気がする」とも言えるだろう(ある程度の人の意識による錯覚的な面もあるようには思う)。

これを利用すると、占い師のふりやカリスマ予言者のふりを出来たりするようになる。神田昌典氏辺りはこう言った効果を意図的に活用しているようにも見える。

筆者自身、最近余りしなくなったが、若かったアナリストの頃は背伸びしたくてあるいは実際の自分以上に自分を神秘的に大きく見せたくて、社長取材の前に有価証券報告書等で社長の生年月日を調べておいて、社長面談の際に、

「社長様は今まで物事がトントン拍子に進み過ぎていると思って居て、不安を感じてらっしゃる。そろそろ引退したいと思っている。社長様の誕生日がいついつで、それを基に運気の流れを判断すると、そう言った相が出ています。そうでしょう?」

と言ったような質問をした事がある。「その通りで驚いた」と言った返答をされたように記憶している。実際、神話論の基本的な知識に加え、以下に紹介する書籍辺りを読んで、後は普通にアナリストとして分析先の企業業績やプレスリリースを眺めて居ればそう思うんだろうなと言う事は分かる訳で、実際には種も仕掛けもない。

この辺の所は、以前に推奨した神話論の書籍に加えて、神田昌典氏の書いた以下の本が中々お勧めである。


新興市場や中小型株を手掛ける際は、経営者のクオリティ判断と言うのが非常に重要になるので、上記のような知識は参考になるだろう。


(注3)心理学的に、あるいは行動ファイナンス的に言えば、損失の際の苦痛>成功の際の喜び、なので、「成功したのに案外嬉しくない」と言うのは当たり前とも言える面はあるが、自分が当事者になると、「何かおかしい、成功したのに嬉しくない」と言う気分になるものである。

(注4)安月給で雇って居るのだから、大して優秀な人が集まらないのは当たり前だと言う場合は案外多いものだが、経営者本人はこれに気づいて居ない事が案外ある。

起業家は往々にして、過去にカネが無かったとか会社員時代にバカにされたとか異性にモテなかったとかのマイナスのパワー、コンプレックスをバネにして成功して来たケースが少なくない。自分が常にヒーローでありたいと言うような気持ちが強い事が多いのである。

このため、自分より優秀な社員がいると自分の過去のコンプレックスを掘り起こされる事になり、自分の立場が弱くなるのではないかと不安を感じたりするようになる事があるのである。結果、自分より優秀な社員に厚遇をする、と言う事が中々出来ない経営者は多いものである。

(注5)実際、「インサイダーの売り」と言うのは、ショートセリングをする時の定番キャタリストである。仕事でも目立たないように(と言っても最近は発行済株式数の0.25%以上ショートすると開示されると言うルールがあるので、大規模にやると目立ってしまうのは避けられないのだが)こう言う事をするのもまた、ヘッジファンドの仕事の一つである。

言ってみれば、成功のピークを過ぎて人生の歯車が狂ってしまって人生の休養が必要な経営者の会社にショートを浴びせて、それによって最後の引導を渡すと言うのは、ヘッジファンドの仕事の一つのように思う。狂った人生の歯車は、自分自身では中々止められないものだ。他人に強制的に止めてもらわないと。

とは言えあまり裁定者ぶって勢い良くショートすると、ショートは難しいし損する時は強烈にやられるので、下手するとショートセリングしているヘッジファンドの方が引導を渡される事も少なからずある。英雄気取りでショートセルをやるのも良くない。あくまで仕事としてやると言う話である。

空売りについては、以下の2冊が教材としては良いと思う。実際やると書籍のように美しくショートをキメられる事はそうそうないのだが、空売りについて学ぶと、買う際に企業を見る目も鋭くなるのでお勧めである。



(注6)新興市場の創業社長等が芸能人等と頻繁に合コンするようになったとか、銀座や六本木に頻繁に夜に出入りするようになったと言うような話を聞くようになったら、危険サインである。危険サインのまま株価も業績もスカイロケットのごとくしばらくは成長し続ける事も往々にしてあるのでこれだけで安易にショートセルするのも難しいが、少なくともその企業への投資はよした方がいいかもしれない。

(注7)ちなみにだが、ワンマン社長の男性の会社で、秘書がそれまでは縁の下の力持ち的な地味なオバチャンだったのが若い美人の秘書になっていたり、新設したIR担当役員やIR担当者の役職に美人がなっていたりする場合、社長と秘書やIR担当役員が社内不倫をしていて、それが社内の公然の秘密になっていて、社内の雰囲気に微妙な影(悪影響)を差している、と言った可能性は考えておいた方が良いし、社長自体も下降サイクルに既に入っているリスクは頭の片隅位には置いておいた方が良い。IR担当役員であれば海外IRツアー等も社長と同行させ易い。また、株価の上下はIRの巧拙だけで決まる訳ではないし、仕事ぶりの定量的な評価が難しい面があるので、実力のない人物でも適当な屁理屈を付けてIR担当役員に据えると言った事が可能である(営業、財務、技術等だとこうは行かない)。

とは言え、美人秘書や美人IR担当役員の弁護もしておくと、秘書やIRが美人だったら必ずしもこう言う話のかと言うとそう言う訳では勿論ない点は断っておく。美人だが普通に実力もありたまたま秘書をしているとか、美人がたまたま財務や経営企画に通じていてIR担当をしているに過ぎない場合も勿論ある。念のため。

ちなみに、上記のような点について、一個人としての筆者は、他人のプライバシーを詮索するつもりもないし他人の男女関係に興味はない。ただ、顧客の資産を職業人投資家として仕事で運用している立場では、投資先の社員の士気やひいては会社業績に悪影響を及ぼし得るような事を社長と幹部がして居るかもしれないと言う事であれば、それはリスクとして認識しておかなくてはならないと言う事に過ぎない。この点も念のため。

2010年1月22日金曜日

映画「Matrix」と資本主義 その3

(出所:Matrix)

I know what you're thinkin', cause right now I'm thinkin' the same thing. Actually I...I've been thinkin' it ever since we got here.
お前が考えている事は分かってるぜ。オレも今同じ事を考えてるからな。実はここへ来てからずっと考えてたんだ。
Why, oh, why didn't I takie the blue pill?
なぜ、、、ああ、なんで青いピルを飲んでおかなかったんだろう、ってな?

I know this steak doesn't exist. I know that when I put it in my mouth, the Matrix is telling my brain that it is juicy and delicious. After nine years, you know what I realize?
このステーキが本当は存在しないって事は分かってる。口に入れると、マトリックスがオレの脳にジューシーでうまいという信号を送るだけだ。9年たって、オレが何に気づいたか分かるか?

Ignorance is bliss.
知らない方が幸せだって事だ。



さて、Matrixの話に戻ろう。


○そんなに簡単に上手くは行かない。

資本主義の真実を知り、従業員は従僕だと知ったネオは(あなたは)、そんなのやめて起業しよう、投資しよう、デキるビジネスパーソンになってキャリアアップしてヘッドハンターからお呼びがかかって会社を利用出来る位になろう。経済的自由を勝ち取ってザイオンをマシンシティから解放しよう。これこそがMatrixの呪縛から離れて成功し、自由になるための道だ。そう思うに違いない。


○起業はそんなに簡単な事では無い。

しかし、起業は9割がたは失敗する。

筆者の回りでも、色々な形で起業したと言う人等は少なからず見られる(勿論皆に成功して欲しいと思う)。

しかし多くは苦戦している。また、「会社員なんてやってられないから起業する」と言った類いの人も中には居たが、こう言う場合成功した試しは殆ど無いように思う。

何しろ、簡単に起業出来て参入障壁が低い分野、例えば飲食業や情報起業の類いほど、競争の激しい世界はない。コンセプトは簡単に模倣される。価格破壊も起き易い。

しかも、起業者の多くが、「アメリカでは〜」等と米国の話を真に受けたり、「チャレンジする事は素晴らしい」と言った地に足のついていない夢のうわごとのような事を言って、ベンチャー大国アメリカと日本の社会の違いを意識しないまま起業してしまう。夢を持つとか情熱があるとかも勿論人生では大事なんだが、地に足がついてない、現実が見えていないのはまずい。

アメリカの場合、起業して失敗してもリカバリーが比較的容易である。特にある程度良い大学を出て、MBAでも取っているなら簡単である。外資系のコンサルや金融に一回戻って、新しいビジネスが思い浮かぶまでは生活の建て直しをすればいい。比較的高給取りに戻れる。起業資金も、エンジェル投資家から投資してもらうだとか、あくまで企業名義で銀行から借金すると言う話なので、会社を潰しても最悪自腹で自社へ投資した分がパーになる、一文無しになるだけである。そして10回に1回でも成功すれば、9回分の失敗を補って余りある巨大なリターンが取れる。だからこそアメリカでは、挑戦する事、リスクテイクをする事自体に価値があるのである。ビバ、株式資本主義と言った所か。

日本の場合、そうは行かない。一回会社員世間を出て失敗した人間を、企業が受け入れるような懐の広さは中々無いのが実情である。会社員に戻れても所得は相当下がった所からの再スタートで、復帰に苦労する。日本の場合遺産相続の税金等の関係もありキャッシュを豊富に持つ富豪の層が薄いため、エンジェル投資家も少なく、起業しても資金調達に難儀する。起業の際に銀行に借り入れしようとなると、自分個人の家等を銀行から担保に取られたり、個人保証をつけられる事も少なくない。そうなると会社を潰した場合、会社の負債を自分個人が背負うような状況も有り得るし、こうなると再起はマイナスからのスタートとなる。会社員に戻る事が難しいのもあるので、こうなるともう、再起を図るのが非常に困難になってしまう。一歩間違えば、夜逃げ、一家離散のナニワ金融道の世界へまっしぐらである(注1)。

筆者の職業柄、ヘッジファンドを設立して独立する人も居る。ヘッジファンドは、「他人のカネを、しかも金利を払うのではなくて手数料を頂く手段で調達して、上手く行った際は成功報酬を貰える」と言う、ビジネスモデルとしてはまあ、言ってみれば最良の部類に入る。しかし、一方でそんなに美味しいビジネスなら新規参入がどんどん増えて競争が激しくなるのは当然である。実際やってみると、会社員時代相当に上り詰めた人、実績のある人でも資金集めに難儀する(注2)。

こうなった時に初めて、毎月決まった日に一定の給与がきちんと入り、風邪を引いても病欠で休めば良い上に有給休暇で旅行等にも出られ、クレジットカードも簡単に作れるしマンション等で引っ越す際に入居を断られる事もまずなく社会的信用も容易に確保される、「会社員の有り難さ」を思い知る事になるのである。正にMatrixのサイファーの気分である。


○投資も簡単には行かない

投資しようと言ったって、多くの個人の元手など大したものでは無いだろう。また、知識も極めて限定的だろう。
こう言う状況で儲けるとなると、FXや株の信用取引でレバレッジを利かせて勝負する事になる訳だが、知識が限定的でエッジが無いものにレバレッジを掛けると、過半は悲惨な結果で終わる。「カリスマFXトレーダーの必勝本」等が出ている背後には、無数の死骸が転がっている、と言う訳である。皆自分は死骸にならないと思って始める訳だが(注3)。

ジェイコム氏等のカリスマ個人投資家については、以下のような条件が重なったから成功したのである。

1、立ち上げ期にネット証券黎明期で、短期トレードにおける競合が少なかった。
2、2003-2005年の新興市場バブルのような幸運な追い風もあった(新興市場バブルがいつ起きるかを予想する事も案外出来るんだが、中々自分が正にその恩恵を享受出来る立場に居る時に都合良くは起きてくれないんだな、これが)。
3、もの凄い鍛錬しているし勉強家である。
4、生活も質素な上、資産が殖えた後は秋葉原の不動産を購入する等でキャッシュフローを安定させると言った脇の堅さもある。

更には、不動産のフルローン投資なんかも一時流行った。外資系金融やヘッジファンドのコミュニティでもこれをやったりやろうとしたりしている人も居た。しかし、空室率がちょっと増えて、家賃がちょっと下がってキャッシュフローが滞って借入返済が滞ったら終わりである。言ってみれば不動産版の超ハイレバレッジ信用取引みたいなものである。損が出て、追証請求されたら終わり。昨今の新興不動産やファンドの隆盛とその崩壊も、言ってみれば同様の類いである。金融緩和がなされて貸出金利が低い一方で、不景気で不動産利回りが高い(=不動産の販売価格が安い)時にはこう言うプレーヤーが必ず出て来て一時的に大金持ちになるが、景気後退期までにきちんとExitして利益確定出来た、不況も乗り切ったと言う話はたまにしか聞かない(注4)。


○キャリアアップして「デキるビジネスパーソン」になった先にある現実。

先日、外資系金融機関でかなりの地位まで行かれたが今般解雇された40代のかたが筆者を訪問して来た。
筆者が出来たのは案件を沢山持っているヘッドハンターを紹介する事位だったが、専門職でやって来て下手に年齢も地位も高いだけに簡単に転職先がある訳でもないようで、中々大変そうである。

これは筆者が自身の経験として実感を持って言えるが、キャリアアップ人生が楽しいのは30歳過ぎ位までである。この位までは、頑張れば相応に地位も年収も上がって行くし、ヘッドハンターからのお呼びも増えて来て、会社との立場がだんだん対等なものになって来る事を実感出来る。嫌になったら他があるから辞めれば良い、と言う選択肢を持つのと持たないのとでは企業社会をやって行く上での物理的/心理的な負担は大きく違う。

しかしこれ以降は、キャリアにもだんだん先が見えて来る。また、外資系金融の世界では40歳を超えると転職等もかなり難しくなる。その割に世間で言われているような「外資系投資銀行やヘッジファンドで稼いでアーリーリタイヤメント」が可能なほど金融資産が蓄積出来ている人も存外少ない。子供を私立の小学校に入れたり、ガツガツ働けるように職住近接で都心の高い家買ったり借りたりしているので、キャッシュの出る方も増えている事が多いからである。例えとして適切かどうか分からないが、一見高給で華やかに見えるが洋服や化粧代に都心の家賃等でキャッシュアウトも多くて比較的早い年齢でキャリア上の寿命が見える、銀座や六本木のホステスさんに似た財務構造になりがちである。先般話題になったJALのような手厚い企業年金等もない。キャリアの終着点、あるいはその先の落とし所をどこに求めるかを徐々に考える必要が出て来る。

何より、幾ら転職を沢山した所で、それだけでは何者にもなり得ないと言う事を実感すると言う現実もある。
転職キャリアアップライフを始めて間もない頃は、「自分に力がついて、他のもっと良い職場や職種が手に入りさえすれば、やりたい事が出来て、充実感も得られるはずだ」と思うものだろう。しかし、実際幾ら転職したって会社は会社である。どこでも制約だってあるし面倒な人間関係だって何かしらある。年収だって上がってみればこんなもんかと思う面もあるし、やれるまでは夢のような仕事だと思っていた職種でもどんな職種でも、当たり前だが大変な面や厳しい現実もある。そしてヒタヒタと自分の履歴書の「賞味期限」が来る事を実感し始め、冒頭の40代の外資系ビジネスマンの事が他人事ではない事を悟るのである。


○いやいや、でも成功出来れば夢のような暮らしが待っているんじゃないか?

言ってみれば、赤いピルを飲んだ先も大変な訳である。

それでも、「でも成功出来れば夢のような暮らしが待っているんじゃないか?」「お金持ちになって経済的に自由になれば幸せになれるんじゃないか?」と言う意見もあるだろう。次回はこの点について書いてみようと思う。


(以下注釈)

(注1)ナニワ金融道は勉強になるマンガである。法規等がかなり変わってしまっている面もあるものの、参考書としてお勧めする。筆者は一時期不良債権ビジネスに関わって居た事があるが、こう言う商売に関わると、正にこう言う世界を垣間見る事になる。「資本主義の修羅界」とでも言えばいいだろうか。



(注2)ヘッジファンドのビジネスを立ち上げるとなると、資金集めしながら運用もやらなくてはいけなくて、社内の人繰りやシステム整備もしないといけないと言う事になる。これ本当に大変である。普通の運用会社は、資金集め(営業)、運用、バックオフィスごとに部署があり、多数の専門家が従事している。これを起業すると一人でやる事になるのである。

しかも(これは筆者にも当てはまる事だが)、運用のプロフェッショナルの過半は運用オタクとしてのプレーヤーであり、営業や、人材育成や社内システム整備等のマネジメントとしての仕事に通じている訳でもない。また、運用以外の事もやらないといけないとなると運用の集中力も途切れがちになる。運用だけでも相当大変なのに、何と言うか、本当に大変である。

また、日本でヘッジファンドで起業となると、別の問題もある。日本市場自体の地位が落ち気味の事もあり、日本株のロングショート、と言うのだと需要も限定的になりつつある事も昨今実感するのである。中々受託資産額を増やせない。この点がまた難しい。

将来的に、例えば日本がパンアジアの一員、程度の位置感になった時、「日本株運用」と言う専門家ニーズがどの程度あるのかを考えると、筆者自身もうーんと考えてしまう事はあり悩ましい。例えば欧州がEU統合で大欧州として単一地域で見られるようになった今、「イタリア株式ロングショートファンド」「フランス株式専門のアナリスト」「スペイン株ファンドマネジャー」と言ったニーズがどの程度あるだろうかと考えると、何とも言えない気分になったりする。かといってグローバルマクロなんかで日本で起業した場合には、欧米ヘッジファンドと比較されて「何で日本人がグローバルマクロをやる所にエッジがあるの?」と聞かれたりする事になる。

まあそんな事言ってても何も始まらないので、筆者の場合は目の前のやる事に集中する、と言う事になる。とは言え一方で、上記のような冷静な判断を片隅に入れておく事もまた大切な事だとも感じる昨今である。


(注3)ギャンブルをやる際にはこう言った心理バイアスが必ずかかる。初心者のシロウトである程かかる。これを克服して、冷静に自分も多数の一人でしかない事を自覚し、自分のエッジがどこにあるのか絞って行くのが、投資やトレードをやる上でのとしての重要なステップである。行動経済学の分野を学んでみると面白いだろう。分かり易い参考図書は以下。


(注4)健全な資産形成に、レバレッジは筆者はお勧めしない。昨今「レバレッジ本」が流行ったりもしたが、レバレッジに笑う者はレバレッジに泣く事になる。

借入により過大な財務レバレッジをかけた企業や個人は、不況期には借入返済が難しくなりレバレッジに泣く。マスコミの力をレバレッジにしてカリスマになった者は後にマスコミに叩かれたりプライバシーが確保出来なくなったりしてマスコミに泣く。
レバレッジを全く掛けるなとは言わないが、レバレッジの力を使う際は細心の注意が必要である。特に最初のうちは失敗しても差し支え無い程度に小さく始める事が重要である。

そもそも、そんなに簡単に他人の力を借りてカネ持ちになれるのなら、銀行がなぜ自分で借り手が行うビジネスをやらないでビジネスを始めようとするあなたにカネを貸すのか、あるいはマスコミがなぜ無料で取材してくれたりするのか。無邪気にレバレッジ万歳と考えてしまうかたは、こう言う事についても少し考えてみた方がいい。カネを貸してビジネスが成功しても、貸し剥がして担保回収しても儲けられると言う貸す側の利益もあるし、カリスマを褒め上げる過程でもこき下ろす過程でも視聴率なり発行部数なりが稼げると言うマスコミ側のそろばん勘定もあると言う事に気づくだろう。

2010年1月16日土曜日

ファイナルファンタジー13とゲーム業界の今後

(出所:スクウェア・エニックス)

Matrixの話は少し休みにして、今日は掲題の話題について。
どうでもいい話だが、ファイナルファンタジー13をやっとクリアした。長かった・・・。

(以下、ネタバレ注意)


○うーん、微妙な出来、、、

ファイナルファンタジー7、10のスタッフによるプロデュースだったので期待していたのだが、結論から言うと、うーん微妙、と言う感じだった。外人受けしそうなバトルシステムや映像はとにかく美麗で派手な事を考えると、3月の海外発売はある程度売れるかも知れないが、その後のアギトとかヴェルサスが不安である。筆者的には、更に続編でこの世界を追体験したいと言う気持ちにはなれなかった。比較的客観的に評価をすると、例えてみれば、

「上映前のコマーシャルの時は派手なアクションシーンや意味深な恋愛シーン、哲学的なほのめかし等のカットが素敵な音楽と共に続々出ていてもの凄い面白い映画のように見せておいて、実際映画館で観たら微妙感のあるハリウッド映画」

と言うような感じだった。

昨今ソーシャルゲームが株式市場では評価されていてドラクエやFFのような大作系は駄目、と言う評価がコンセンサスになりつつある。一方でファイナルファンタジー13シリーズで同じマップ・画像を使い回してアギトやヴェルサスを低予算で作れてこれが大ヒットすればコンセンサスが一時的にせよ覆るかも知れないな、と言うような仮説(と言う程のものでもなく、思いつきだが)を考えてみたりもした。しかし今後を考えると、少し考えさせられてしまった(注1)。


○映像、音楽は良かった、ゲームシステムも賛否あるが悪くは無かった。

・映像:文句無し。ムービーも美麗、移動中のマップも息を飲む程で、河や海等の水、森、空、機械等の描写が非常に良い。11章のグランパルスの平原では、シンボルエンカウントの特性を上手く活用して、「大平原を恐竜みたいなモンスターが闊歩する中、主人公達が走る」と言う絵を実現した。シンボルエンカウントなのはこれがやりたかったのか、と。時折立ち止まって背景鑑賞をした位。

・音楽:これも非常に良かった。浜渦氏は良い仕事をしたと思う。氏からすれば、ビッグタイトルを初めて独りでテーマソングまで作ると言う事で、相当気合いが入ったに違いない。サウンドトラックも買っても良いと思える出来。

・ゲームシステム:賛否あると思うが、筆者の判断としては大きな問題はなし。アクティブタイムバトルでオプティマをどんどん入れ替えるやり方は賛否両論あるんだろうが、普段ゲームをやらない筆者でも十分ついて行けるものであったしそれなりに楽しめた。チュートリアルも丁寧で自然とゲームシステムにも慣れられた。装備がシンプル過ぎるとかレベルが無いとか、買い物が街が無くてセーブポイントのネット通販で買うだけと言うのも批判もあるのは理解出来るが、ゲームの善し悪しに決定的な影響を与える程でも無かった。


○問題はストーリー

本作で一番問題だったのがストーリーである。はっきり言ってしまえばファイナルファンタジー10の方がずっと良かった。問題点は大きく二つあったと思う。

1、群像劇を無理矢理限られたストーリーの中で押し込もうとした点。
2、世界観の作り込みや世界の終わりの始まりの13日を過去に向けて回想すると言う小手先の構成で凝ろうとし過ぎた点。

この2点が根本的な問題だろうと思う。


○群像劇を無理矢理限られたストーリーの中で押し込もうとした点が失敗。

FF13で一番まずかったのがこれだろうと思う。群像劇とは、小説や映画内で主人公の視点が一人称あるいは三人称単一でなく、複数人物の視点が話の中で切り替えられながら描かれるものを指す。群像劇の映画でも、例えばマグノリアは面白かったりするので、群像劇自体が駄目と言う事では無い。

しかし、群像劇の醍醐味は、全く関係なかったかのように見える登場人物が徐々に絡み合って行き最終的には一本の糸で繋がる、この中で各登場人物が抱えていた問題や悩み等が解決する、と言った所にある。これが上手く行かないでどの人物の視点も中途半端になってしまうと、散漫な映画として終わってしまう。群像劇は結構難易度の高い分野だと思うが、今回見事に失敗してしまった感がある。


・序盤が長過ぎる。

群像劇の失敗により、序盤/中盤/クライマックスのバランスを完全に失している。
何しろ序盤が長過ぎる。1〜10章が殆どチュートリアルで、キャラクターが何度も入れ替わりながら群像劇の序盤戦が繰り広げられる状態なのだが、序盤戦が長過ぎてこの時点で飽きが来てしまい、続けるのに結構苦労した。1〜10章を10時間分位にして、11章以降を40時間分、計50時間でクリア、位で丁度良かったのではなかろうか。

・キャラクターの描き込みが不足している。

更には、群像劇の失敗のせいで、どのキャラクターについても描き込みが圧倒的に不足している。
ファイナルファンタジー10と比較して一番貧弱なのがこの点である。

FF10もFF13もかなり「クサい」と言う点では一致している。しかしFF10の場合はクサいなりに丁寧に、恋愛なり友情なりの描き込みがされていて感情移入がし易かった一方で、FF13ではこの点が貧弱で、予算はかかっているけど微妙感のあるハリウッド映画みたいになってしまった。

FF10の場合、例えば主人公のティーダとヒロインのユウナの恋愛感情が比較的丁寧に描かれている。

「偉人である父親の娘」と言う扱いを受け中々周囲に弱い所をみせたり心を開いたりが難しいユウナと、「夢のザナルカンド」から来たよそ者なので「偉人の娘」としてでなくてあくまで同年代の少し気になる異性の知人/友人としてユウナと接していたティーダ。こう言う状況の中でユウナもよそ者であるティーダには愚痴や不安も言いやすいし、ティーダも偉い人の娘と言われてもピンと来ないので同年代の仲間として相談に乗る、と言う形で二人の距離感が自然と徐々に近づいて行く。こう言う過程がストーリーの中できちんと描写されていた。だからこそ中盤の悪役とユウナの結婚式・キスシーンをゲームをする側もティーダと一緒にむかっと出来たし、後半の水中キスシーンの演出も効果的だった。

その他、ワッカやルールー等の脇役の感情描写も比較的丁寧になされていた。他にも筆者位の年代の中年の名傍役としてのアーロンの描写は秀逸であったし、ティーダの父親の辺りも、ティーダの幼少時を描いたり、スフィア集めをするとティーダの父親がアーロンやユウナの父親とどう言う旅をしていたのかが分かるようになっていた。ゲームの遊び要素としても楽しかったし、物語を豊かにするサブエピソードとしても中々良かった。


一方で、FF13の場合、まずはライトニングとスノウの冒険の動機付けの中核となっているセラの描写が貧弱だった点が、感情移入出来ずに話中の登場人物とゲームをする側の距離感を作ってしまっている。これが一番決定的である。

例えばスノウとセラがなぜ両思いなのかの描写が殆どない。花火のシーン、海べりのシーン等、既に結婚するぞと決まっていた辺りの描写が断片的にあるだけで、セラがどう言う性格でどう言う生活をしていたから一見単純バカなスノウに惹かれて、スノウはなぜセラが好きなのか。この辺の描写がすっぽり抜け落ちている。このせいで、セラがルシになった事が分かるとかクリスタルになってしまうとかのシーンも鑑賞者がそのショックさ加減をイマイチ共有出来ず、感情移入しづらくなってしまっている。FF10のように、話の序盤から少しづつ、ゲームをする側が入りやすい形でスノウとセラの恋愛を描写をする必要があった。

スノウの性格についても、孤児だった一方で性格は真っ直ぐ無邪気なと言うかやや単純バカの振る舞いだが、どう言う過程でそうなったかの描き込みが全くない。孤児で辛かった時期のエピソードだとか、ノラ結成を通じて仲間が出来て行ってそれが心の隙間を埋めるやりがいになっていった、辛い事を考えないためにも前向きに振る舞うようになった、等のエピソードの描き込みがあれば、もっとキャラ造形に深みが出ただろう。

ホープについてはエヴァンゲリオンの碇シンジ的ツイストキャラで、母親の死についてスノウに逆恨みしていたのが、挫折やライトニングとの出会いを通じて強くなりだんだん真っ直ぐに成長して行く、この辺がテーマだったんだろう。しかしこの成長過程の描写も中途半端に終わってしまっている。話の後半から、唐突に「超爽やか前向き発言」をするような感じになってしまっているが、ゲームをする側は唐突過ぎてついて行けない。また、同年代で励ましてくれていたヴァニラや、無愛想だったが中盤で身代わりになって助けてくれたライトニングとの絡みも希薄になってしまっている。特に同年代のホープとヴァニラについては、もう少し相互にやりとりがあって淡い恋心位抱く感じで、エンディングではヴァニラの結果にショックを受けつつも愛を経て少年が大人になった後日談、位の描写があっても良かった。

ライトニングについては、一応主人公と言う事だったが、キャラクター造形が希薄で、やはり内面描写の描き込みが不足している。真実に目を向ける事が出来ず戦いに逃げる、飼われていたと言う真実を知って愕然とすると言うのは、社会人が仕事中毒になったりその後リストラされたりする時の心情と似ていて、悲哀もぼちぼち漂って来るオッサンである筆者には分からなくもない描写だった。しかし、セラとの関係、なぜスノウの事を気に入らなかったのか、なぜ寡黙で強い性格に見える一方で弱い一面があるのか、ライトニング自身の恋愛感情はないのか、等の描写が全く不足している。妹のセラと姉のライトニングの性格がかなり正反対のようにも見えるので、この辺は特に、ライトニングとセラの生活や幼年時代に遡って両親との生活も描く等してもっと描き込みが必要だっただろう。また、絶望から前向きに変わる局面や、スノウを前向きに評価していく過程の描写もやや唐突な感があった。

またライトニングに関しては、美形女性主人公にも関わらず、恋愛関連が全く無かったのもエンタテイメント作品として良くないだろう。サッズやスノウと恋愛と言うのも微妙な感じはするが、例えばスノウとは旅を続ける中で嫌悪感から尊敬と淡い恋心に変わって来て、セラとの思いの間で葛藤するが最終的にはセラとスノウの結婚に納得する等の話があれば、ライトニングももうちょっと人間臭いキャラクターになっただろう。あるいはホープが14歳位でライトニングが確か20歳過ぎ位の設定なので、話中で恋愛になると言うのはちょっと考えづらいとは言え、例えば話の中で弱々しかったホープが段々立派になって来て、意外な所でライトニングがホープに助けられたとか励まされたとかのエピソードを入れて行って、エンディングの後日談で5−10年後位にホープとライトニングが一緒になると言うような流れにするのもありだろう。

ファングとヴァニラがなぜ女同士とは言え愛情に近い雰囲気なのか等もいまいちその過程が描写不足で、唐突な感があった。

物語の中では、サッズのキャラクター描写が比較的人間的だったかも知れないが、もうちょっとヴァニラ以外のキャラクターとも絡みがあっても良かったとも思う。例えば年長者としてスノウ、ライトニング、ホープらの苦悩を汲み取って思いやる等で中年の味を引き出すとか。


・魅力的なアンチヒーロー、悪役が居ない。

前回のMatrixの話で神話論の紹介をした所でも説明したが、物語は主人公の成長物語だけが全てではない。スターウォーズのダースベイダー、機動戦士ガンダムのシャア・アズナブル的な、神話論の下方サイクルを受け持つ魅力的なアンチヒーローは、人間の本質により接近し、物語をより面白くするのに不可欠である。

FF10ではシーモア辺りが上記の役割を担っていた。幼少時代のトラウマ等も描いて、なぜアンチヒーローになってしまったのかと言う描写をきちんとしていて、「悪い奴なんだけど、同情出来るし仕方無い面もある」と言う風に持って行っていた事が、物語をより豊かにしていた。

しかし、FF13の場合これが欠けていた。ロッシュ中佐辺りがこの位置づけのはずだったのだろうが、これまた心情描写等が欠けているため、いまいちロッシュ中佐の信念がどこから出て来たか等が感情移入出来ない。



○世界観の作り込みや世界の終わりの始まりの13日を過去に向けて回想すると言う小手先の構成で凝ろうとし過ぎた点も問題だった。

・世界の作り込み自体は悪い事では無いが、、、
世界観の構成、例えばコクーンの人類は、一般人は気づいては居ないがファルシに実は「生け贄になるために飼われて」いると言った「世界って実は全然一般の人が思っているのと違うんですよ的な話」、あるいはストーリーが過去の回想で進む点等、FF10と共通点が多かった。用語、政治、社会システム等相当細かい所まで作り込んでいて、この辺の世界観の作り込み自体は悪くないとは思う。しかし、案外FF10の焼き直しですよと言うのは、うーんどうなんでしょう、と言う気もしなくもない。

また、FF10の場合、ティーダが言ってみれば異邦人、外国人として世界を旅するような形だったため、その世界独特の挨拶の仕方、用語、慣習等をゲームをする側は主人公のティーダと一緒に学んで行く事が出来た。このため主人公の気持ちになって、初めて海外旅行をした時のような新鮮な気持ちにユーザを導く事に成功していた。この点もFF10は上手かった。主人公の視点とゲームをやる側のユーザの視点を円滑にフィットさせる事に成功していて、感情移入がし易い事に貢献していた。

一方でFF13の場合、世界観の作り込みや、13日目のパージ列車のシーンからスタートする事を重視し過ぎたせいで、特に序盤で、パルスのファルシでコクーンの人々がパージされて云々、と言った台詞が次々出て来てしまい登場人物は勝手に納得している一方で、ゲームをやる側がおいてけぼりになってしまう感があった。これはどうかと思う。物語の伏線だから思わせぶりでぱっと理解出来ないようになっている、と言った演出なら良いが、単に用語の意味の問題等で読者や鑑賞者が置いてけぼりにされると言うのは、小説や映画ではよろしくない。例えば物語のスタート時の話者の視点を、コクーン市民ではなく長い間クリスタルだったので時間的にも空白が空いてしまっているヴァニラか、あるいは記憶も無くしていたファングの視点にして、コクーンと言う世界をユーザと同様の「よそ者」の視点で眺めて行き、他のコクーン市民の登場人物が「オイオイ、そんな事も知らないのかよ?変わった奴だなあ」とか言いながら解説していく、と言うスタイルを取る等、やりようは幾らでもあっただろう。パージ列車の映像のインパクトで掴みを取ろうとし過ぎたように思う。


・閑話休題、笑いや遊びの部分が少ない。
例えば良質のミュージカルなんかだと、相当深刻なストーリーのものでも、所々に笑いの要素を入れたり、登場人物の性格がにじみ出るような閑話休題的エピソードが入っていたりする。これによって深刻な所も一層引き立つし、登場人物にも人間臭さが出て来るものである。

FF10や他の良作だと、例えば町の散策や町の人々との会話、あるいはちょっとした閑話休題的なサブイベントの中にこう言った要素を織り交ぜて行く事で、ゲームをやる側はテンポの緩急を楽しむ事が出来たように思う。

しかし、FF13の場合、凝った世界観のもと、計算し過ぎた過去回想ストーリーをこなすのに一杯一杯と言う感じで、こう言う閑話休題が殆ど無かった。この点がゲーム展開を単調(常にシリアスな感じで、ダンジョン→バトル→映像→ダンジョン→以下繰り返し)なものにして、ユーザ側の負担感が増える要因になってしまっていたように思う。


○そんな訳で
・・・う〜ん、と言う感じであった。
ゲームはやっぱり大作主義は終焉で、ソーシャルゲーム関連なんでしょうか。どうなんでしょうなぁ・・・(注1)。


(以下注釈)

注1)例により、投資判断や評価を提供している訳ではございません。投資判断は自己責任でお願いします。